第12話 約束

「え……そ、それじゃ結局、決闘するのかい!?」

「そうなった。まー成り行きだな」


 授業の合間、俺はネイへ諸々説明した。

 こいつの彼女? さんにも、多少は関係することだろうし。

 まぁ……えーっと……んーと……頭を抱える。何だっけっか、あいつ。金ぴかボタンをつけてて、さっき泣かされてた、あいつはー。

 周囲を見渡す。お、いた。

 少し離れた場所で女子達に囲まれ、上機嫌に話しているお嬢様へ声をかける。


「あー……

『!!!!?』

「何ですか? 

『????!』


 お嬢様が優雅な動作で近付いて――近い、近い、近い。

 ぐぃーと、押すと不満そうな表情。

 ……ったく。

 朝、教室に戻っている時、何を思ったか突然『そう言えば……いい加減、名前で呼びなさいよ。私も、名前で呼ぶから。さ、言ってごらんなさい』なんて、言い出しやがって。同い年の女の名前なんて、呼んだこと殆どねぇーってのに。

 何だか、周囲が騒がしい。

 ネイ、どうしたんだよ? そんな顔して。ま、いっか。


「あいつ……俺の決闘の相手の名前」

「覚えていません。興味ありませんから。だけど」


 半歩、距離を詰めてきた。

 そして、儚げな表情。

 うん。多分、本性を知らなかったら一撃で撃墜されんだろうな。男女関係なく。

 だが……俺には効かねぇ!!!

 何せ、こいつの正体が、俺より背が高い暴力女だって知って――瞳に大粒の涙が溜まる。

 

「貴方が負けたら……ぐすっ」

「! お、おいっ。いきなり、な、泣くなよ」

「……約束」

「?」

「約束してください。私の為に、天地砕けようとも、神を打倒してでも、必ず、何があろうとも勝つ、と……!」

「いや、それは無理――」


 死角かつ、目にも止まらぬ速さで右足が踏み抜かれる。

 あ、あぶっねぇぇぇ。予期してなかったら足が逝ってたぜ。「……ちっ」おい、エミリア・ロードランド侯爵令嬢。いい加減にしとけよ。

 俺が呆れていると、真面目な顔になり、尋ねてきた。


「ダメ、ですか? 約束して、もらえないのですか?」

「……確約は出来ねぇよ」

「そう、ですか……そうですよね……ごめんなさい」

『ブーブー』『エミリア様、可哀想……』『モテる男には制裁をっ! 鉄槌をっ!!』『我等が『天使』になんたる言い草かっ!』『アークライト君ってさ、ちょっとワンコっぽくない?』『あ、分かるかも。ああは言ってるけど、御主人様を守る為にすっごく頑張るんだよ、きっと』


 クラス中から非難その他の大合唱。

 ちらり、と見るとお嬢様はニヤニヤ。

 お。おのれ……やり口がきたねぇ。ほんとっ、きたねぇ。どうやれば、俺が折れやすいか、分かっててやってやがる。

 

 ……ん? 待てよ?? 

 

 確か、姉貴に無理矢理読まされた小説(※送ってきたのを、読んで感想を求められた。なお、義理の姉弟の話。あんな奴等いねーって)で、似たような場面があったような。

 ……いける、か? 

 よーし、ものは試し。男は度胸だ。 

 ――わざと、寂しそうに、悲しそうに呟く。


「お嬢……エミリアはさ……」 

「?」

「……約束しないと俺を信じてはくれねぇのか?」

「っ!!? なっ、ばっ、そ、そんなっことは、ない、けど」

「…………俺はお前よりチビだし、剣術も魔術もダメだけどさ」


 左手でお嬢様の右手を握る。

 びくり、と震える身体。


「頑張るから、俺。それは信じてほしい」

「ジ、ジャック! あの、その、わ、私………………ねぇ?」 

「…………」


 ダ、ダメだ。笑ったら、殺される、

 にしても、バカに出来ないもんなんだなぁ。今時の小説はすげー。


「……ちょっと」 


 だけど、姉貴はどうしてあんな本を大量に送ってきたんだか。案外と高いだろうに。本より現金がほしい。クソ親父の借金の足しにしてぇし。


「…………あの、ね、ねぇ」


 まーでも、どうすっかなぁ。

 真正面からやり合っても――思い出した。ザーカスだ。うん、間違いない。

 あいつ、結構強いし、負け確定=……不快な気分になる、と。


「も、もうっ! き、聞いてよっ!!」  

「ん?」


 目の前には頬を染めたお嬢様。はて?

 自分の左手は――握りっ放し。


「おっと、悪ぃ」

「あ……」


 離すと何故か睨まれた。何だよ。

 周囲の奴等も変な視線を送ってくんなっ! 特に女子!!

 あと、そこの野郎共、自分の涙で剣を研ぎ始めるな。蛮族の呪術かなんかか、それ。 

 ようやく、我に返ったネイが苦笑しながら、尋ねてきた。


「で――ジャックはどうやって、勝つつもりなんだい?」

「あー……気合と根性?」

「良かったら、僕達と放課後、訓練しないか?」

「訓練?」「それはダメ!」


 ん?

 今、別の声が。

 ネイと俺との間に、お嬢様が身体を割り込ませ、立ち塞がる。


「残念ですが――ジャック様は私と放課後を過ごされて、色々と訓練されますので、貴方の提案には応じられないんです」

「はぁ?」 

「うん、そうだよね。でも、ロードランドさんは凄すぎて、ジャックがついていけないんじゃないかなって」

「おい!」

「確かに……一理あります」

「こらー」

「前期試験の勉強と訓練を放課後、彼女と始めようと思ってて――どうかな?」

「――分かりました。そういうことでしたらいいでしょう」

「お前らっ、俺を無視、おっ」


 椅子から立ち上ろうとした瞬間、バランスが崩れた。

 ――柔らかい感触。女子共の歓声と、野郎共の歯軋り。

 優しく慈愛に満ちた声が囁く。


「(こら、慌てて動かないの。右腕、怪我してるんだからね?)」


 エミリアが俺を片手で受け止め抱えていた。すっぽり、と腕の中に収まる構図。

 しかも――ジタバタ。


「(お、おい。もう、いいだろ? は、離せよ)」

「(ダメ)」

「(何でだよっ!?)」

「(――約束してくれたら、離してあげる)」 


 あーうーえー……。

 観念して、囁く。

 すると


「♪」


 大輪の花を咲かせたような笑みを浮かべ、御嬢様は俺を抱きかかえたたまま、一

回転。な、何なんだよ、おい。

 ようやく、解放

 ……ネイ、言いたいことがあるなら聞いてやる。


「くっくっ……いや、君ってさ、やっぱり凄いね」 

「あん? 何だよ、それ」

「いや、いいんだ。ま、とにかく、今後ともよろしく」

「おお」


 少しは勝ちの目を見つけねぇとだしなぁ。一ヶ月半か。

 約束も……しちまったし。やるかー。


「大丈夫ですよ♪ 私がついてますから☆」

「…………不安しかねぇよ」

「♪」

「うおっ! え、笑顔で足を踏み抜こうとすんなっ!! いやまぁ」

「?」

「…………約束は守る」

「――うん。知ってる」 

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