第2章

第13話 勉強会

 その日の放課後。

 何でか、ネイ主催の勉強会へ参加することなった俺と、提案してきた張本人とその獣耳彼女。そして、お嬢様で俺の許嫁――エミリア・ロードランドは大きな自習室へ来ていた。

 置かれている豪華なテーブルと椅子に若干怯みつつ(獣耳少女も怯んでた。同志)、厳し過ぎる先生役二人の指導が始まって小一時間。

 ……早くも限界が近付きつつあった。

 少女はテーブルに両肘をつき頭を抱え、さっきから呻いている。耳は力なくぺったんこ。尻尾も下がり、大きな瞳には涙。


「う~……ネィィ……」

「ムギ。もう少し頑張ろう。ね?」


 いや、もう限界だと思うぜ。頭から湯気出てやがるし。

 片や一人立っている俺はというと――左手に集めようとした魔力がまたしても四散。これでもう、何度目か。


「……な、なぁ……」

「駄目。男でしょう? 出来るまでやるの」


 こちらを見もせず、お嬢様は優雅に紅茶のカップを手に取り一口。片手には、自分が書いたノート。何故か、ニヤニヤ。時折、書き込み。

 こ、こいつ……ネイと彼女さんに対して、普段してる『お嬢様』姿じゃない方を見せたからって、楽しやがってぇぇぇ。


「うぅ~……ネイィ……もう、もう、分かんないよぉ……」

「だーめ」

「…………ケチ! バカっ! もう、いいわよっ!!」


 ネイと獣耳少女がやり取り中。

 少女が俺を見て、勢いよく立ち上がった。


「ジャック、私、飲み物貰いに行くけど?」 

「ん? お、おお、俺も行くわ」

「こ、こらっ! 勝手に」

「ロードランドさん――ムギ、行ってきていいよ。僕は珈琲牛乳がいいな」

「……ふんだっ! しらないっ」


 ムギは顔を背け入り口へ。それを見るネイは一見、優しい笑み。

 が……俺の直感が告げている。あれは何かを企んでいやがる奴の笑みだ。

 背筋に冷たいものを感じていると、促される。


「ジャック! 行くよー!」


 釈然としないものを感じながら、ムギに追いつく。うしっ! ギリギリ、背では勝ってるわな。はっ? 獣耳分は除外だろ?

 部屋を出る瞬間、ネイがお嬢様へ何事かを話しているのが見えた。

 ……変なこと教えたら後で殴る。ぜってぇ、殴る。 


※※※


「……で、どうして私を止めたのかしら?」 

「彼がいるとね。少し助言が出来るかな、って」

「助言ですって?」


 私は、ギロリ、とクラスメート――確か、新進気鋭の商家の長男であるネイさんを睨みつけた。


「うん。これでも、僕はムギと長く付き合ってるんだ。色々と教えられると思うよ?」

「! わ、私とジャックは、その……」

「お似合いだと、僕は思うな」

「……ネイさん」

「?」

「貴方が家を継いだら真っ先に報せてください。うちとの取引を考えます」

「ありがとう。それじゃ、その分は助言しないと、だね。ロードランドさんは――ジャックのことが好きなんだよね?」

「! そ、それは…………」


 好き、なんだろうか? 

 気になってはいる。男の子なんか、自分では今まで興味なんかなかったのに。お祖父様から、言われた時も全然嫌じゃなかった。

 

 むしろ――心が弾んで、とっても嬉しかった。

 

 これで、、って思ったから。

 ……あいつは、私のことなんか全部忘れてるみたいだけど。

 ふんだっ。バカ。薄情者。チビ。わんこ。御主人様が止めてるのに、他の女の子について行くなんて……許されないんだからねっ。

 今度は、待て、を教えきゃ。帰ってきたらすぐさま――笑い声。


「……何かしら?」

「いや、ごめん。本当に、彼のことが大好きなんだなって」

「! ななななななななな、にゃにを言ってるのかしらっ!?!!! わ、私はあんなチビのことなんか」

「それじゃ、嫌い??」

「うぐっ…………ま、まぁ、探せば、彼にも一つや二つ、良い所くらい……」

「クラスの女の子達は可愛いっていう子が大半だけど、一部には『女の子を守るなんて、ちょっとカッコいいよね?』っていう声もあるよ?」

「…………ネイさん」

「!」

「――カッコいい、と言っていた子が誰なのか、教えてくださいますか? お話したいことがありますので」

「い、いや、誰だったかなぁ……あははー」


 慌てた様子で、手を振るクラスメートへ冷たい視線を送りつつ、ノートに目を落とす。

 ……まったくっ!

 編入初日にあんな騒ぎ引き起こしたりするからっ!!

 いやでも……ちゃんと『約束』してくれたし。

 えへ♪ えへへ♪ 


「――ロードランドさんは、彼が来てから、とっても優しい表情をするようになったね。今までは」

「? 何です?」

「ちょっと、近寄り難い感じだったから。ほんと、ジャックは凄いよ」

「そうなんですっ! やれば絶対に出来る子なんですっ! なのに、あの人ときたら……はぁ、これはもっと厳しくしないといけません」

「あ、そこなんだけどさ――今のままだと、決闘する頃には、彼、ロードランドさんのこと、きっと苦手に、っ」

「……………今、なんて?」


 ゆっくりと『剣』を空間から抜き放ち、彼の喉元へ突きつけます。

 見えてはいないでしょうが、どうやら分かっているみたいですね。これから先の失言の代償はお高いですよ?

 にっこりと微笑みます。


「どうぞ、続けてください」 

「いや、あの、だからさ……彼、今の時点でも、ロードランドさん、のことが、好きだと思うんだよ」 

「!!!! ほ、ほ、本当にそう思いますかっ!?」

「う、うん、間違いなく。でも」

「でも?」

「――傍目から見てると、言い方が厳しいかなって」

「そ、そんなこと……」

「この部屋に来てから一度も褒めてないよね?」

「う……そ、それは……」


 だ、だって、素直に告げるのは少し恥ずかしいし……。

 も、勿論、ここに来てから頑張ってるのは分かってはいる。一生懸命、魔力を左手に集中しようとしている姿は、可愛いくてカッコよかった。

 うん、それでこそ、私の、エミリア・ロードランドの婚約者だわっ!


「あー、うん。素直に褒めるのって、恥ずかしいよね。でもさ、きつく当たるばかりだと……やっぱり嫌われちゃうよ?」

「!!?!」


 視界がいきなり暗くなり、心臓の鼓動がおかしくなった。背筋が凍る。

 私が、ジャック・アークライトに、嫌――涙が零れ落ちそうになるのを必死でこらえる。


「ああ、その……ごめん。まさか、そこまでとは思わなくて。だ、大丈夫だよ! 僕が見本を見せるからさっ!」 

「…………見本?」

「うん。さっきも言ったように、僕とムギは付き合って長いからね」

「…………それが出来るようになれば、ジャックは私を」

「もっと、好きになってくれると思うな」

「!」


 視界に光が射し、心臓は高鳴る。

 彼が、ジャック・アークライトが、私をもっと――えへへ♪

 生暖かい視線。咳払いをし、取り繕う。


「こほん……では、じっくりと見せていただきますね。よろしくお願いします、ネイ先生?」 

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