第11話 条件

「では……再決闘の要求を受け入れる、ということで良いのだね?」

「はい」


 翌朝、学院長室を訪ねた俺は、学院長へ自分の結論を告げた。隣には、何故かついてきたお澄まし顔のお嬢様。 

 ……何だよ、その生暖かい視線は? 何? 良く出来ました??

 別に、監視されなくてもこれくらい、一人で言えるわっ!! 

 つーか、今朝から妙に変なんだよな。時折、思い出したようにニヤニヤ笑ってたと思えば、突然、テーブルを叩いたり、首をぶんぶん振ったり……いったい、こいつに何が? 

 昨日の夜、あの後、散々、条件についてはあーだ、こーだと話したろうが。俺もそれに納得したってのに……。

 しかも、「あー戻るのが面倒ー」とか言って、結局、俺のベッドで寝やがって!  寝る前にお前が定めた絶対境界線、朝起きたら大分、浸食してた挙句、目の前に顔があって心臓が止まるかと――金ぴかボタンが眩しい男子学生が叫ぶ。

 

「ふ、ふんっ! 昨日の内に、そう言えばいいものを……では、早速、今日の放課後にでも、決着をっ!!」

「その件で一つ、お前にお願いがあるんだ――バ……

「! き、貴様、わ、私の名前を……」


 あっぶねぇ。間違えるところだったぜ。交渉事は、相手をいい気分にしてやらねぇと失敗するからな。

 包帯でぐるぐる巻きに固定されている右腕を見せる。


「俺の利き腕は右なんだが、まー昨日、不幸な出来事の結果、こんな風になっちまってる。全治は約一ヶ月」 

「……続けろ」

「治癒魔術で治せれば良かったんだが、無理に治すのはダメなんだってな? だから――決闘の時期は、少し先にしてほしい」

「……何時だ」

「治るのは一ヶ月、といってもその後、いきなりはキツイ。そこから一ヶ月」

「長すぎる。一週間」

「三週間」

「二週間だっ! それ以上は譲れん」


 うしっ! 予定通り。

 原理はよく分からねぇが、骨が治った後なら、治癒魔法である程度、筋力等々の回復は早めることが出来るらしい。二週間もあれば十分。

 後は、どうやってこいつに勝つのかなんだよなぁ……打開策が見えん。


「――貴様が条件を出すのならば、私にも要求がある!」

「お?」


 ザーキス、がお嬢様に向き直り、恭しく頭を下げた。

 頬は上気し、興奮を抑えきれてない。う~ん……俺も野郎だから、何となく分からなくはねぇんだが、流石にちょっとひくわ……。

 お、おいっ! 死角から俺の足を狙うなっ!!


「聞けば、その貧乏貴族は、ロードランド家の庇護下にあるとか」

「遺憾ながら事実です。それが何か?」

「で、では、条件を飲む代わりに――私が決闘に勝った暁には、エミリア・ロードランド侯爵令嬢、貴女と」


 む。

 身体を動かして、間に割って入る。

 …………いや、違うんだぜ? 俺は、別にこんな足癖悪くて、背が高くて、人参食わせてきて、俺のベッドを占有する女が、どうなろうとどーでもいいんだ。

 が、今回の件でこいつを巻き込むのは違う。ぜってぇ、違う。

 問題を起こしたのは、こいつと俺。なら、問題は俺達間だけで解決されるべきだ。

 うん、そうだ。だから、俺のこの行動は間違ってねぇ。


「……貴様、何のつもりだ」

「こいつを巻き込むってんなら、さっきの話はなしだ。今日の放課後にでも勝負してやるよ」 

「……何だと? そんな腕で、この私、エドモンド・ジーキスに勝てるとでも思っているのかっ!」

「やってみねぇと分」


「話が終わってません。貴方が勝ったら、私に何を要求されるのです?」


 お嬢様が俺の肩を掴み、ぐいっ、と背中に回す。お、おいっ!

 動こうとするも――な、なんだ、何かに優しく掴まれていて、動けねぇ。


「では――私がその貧乏貴族に勝ったら」


 お、おい。止めろ。それ以上、言うんじゃねぇよっ!

 そいつは、エミリア・ロードランドは俺の


「い、一度、一緒にお茶の時間を設けていただきたいっ!!!!」

「………………はぁ? なぁ、こいつは何を言って」

「! な、何ですって!!」


 何故、そこで驚く。

 別に茶くらい行けば――今度は、お嬢様が俺の背中に回り込み反対に盾代わりにされる。おーい???

 困惑して、学院長を見やる。


「大分、崩れてきているとはいえ、各貴族間にはまだまだ格差がある。上の貴族の娘を誘う際には、まずはお茶からなのだよ。そして、ロードランド侯爵家といえば国家の重鎮。そこの御令嬢と子爵家の息子とお茶を共にする。世間で多少の噂にはなる。すぐに掻き消えるだろうが」

「……なるほど」


 俺、昨日、こいつと昼飯食ったけどなぁ。

 まぁでも……頬をぽりぽり掻く。


「バーカス」

「ジーキスだっ!!!!」

「――その案は受けれねぇ。放課後、とっとと決着つけようぜ。お前が負けたら、昨日の子に謝れ。俺が負けたら、停学でも退学でもしてやるよ」

「!?」

「ほぉ」

「……その覚悟、殊勝だと褒めてやろう。ならば、望み通り」


「――……分かりました。その提案を受け入れます。万が一、億が一、兆が一っ! ジャック・アークライト様が貴方に負けたのなら、一度だけ、生涯で一度だけ、お茶を、短時間、御一緒しましょう」


 ……おい。そこらへんで止めてやれ。流石に可愛そうだ。ほ、ほら、涙ぐんじまってるじゃねぇか。


「ですが――この人は負けません。ええ、負けません。絶対に負けません。そうですよね?」

「お、おぅ?」

「では、この件はこれにて。失礼します」


 俺の左手を、流れるような動作で掴み、一礼。同時に耳元で「……今、疑問形だったわよね? 今日の夕飯はピーマン尽くしにするからっ」非道に過ぎねぇ!? こうして、さめざめと泣くバーカスと苦笑する学院長を残し、俺達は退室。

 ――長い廊下を歩く。お互い無言。

 階段の途中でお嬢様が立ち止まった。俺に真っすぐな視線。


「……ねぇ」

「あん?」

「――私が、あんな男とお茶に行って、貴方は平気なの?」

「……そりゃぁ」


 視線を外す。

 けれど、じーっと、こちらを見ている。見続けている。


「……ゃ、かもな」

「! 今、今、何て言ったのっ!? さ、もう一回、私を見て言いなさいっ! ジャック、お手!!」

「誰が言うかっ!! つーか、俺は犬じゃねぇっ!!!」


 ま、だけど、男として筋は通すさ。

 ――左手をお嬢様の手に置きつつ、俺はそう思ったのだった。

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