第3話 皇宮へ

「ん~……こんなもんか?」


 俺は自室の姿見に映る自分の姿を見て小首を傾げた。

 ――目の前にいるのは、少しずつ見慣れてきた執事服姿の自分。

 背は……これから、これからだ、うん。

 今晩は、いよいよ皇宮の晩餐会。

 当初は『スーツ乃至は礼服着用』という話で、強制的に仕立てもしたんだが……直前で、スーツ姿の俺を見たお嬢様は固まり、暫くした後で、無情にもこう通達しやがったのだ。


『…………ジャック、当日は執事服を着て。間違ってもスーツ姿はダメ。こんな、こんな姿を、人前に出すなんてっ! ダメっ!! たとえ、御父様や御母様、皇帝陛下が許しても――この私、エミリア・ロードランドがそんなことは許さないっ!!! ま、ま、間違いがあってからでは、お、遅いんだからねっ!!!!』


 理不尽の極みっ! 

 スーツ代は当然、俺の借金に加算されるんだがっ!?

 なお、そんな突如、取り乱したお嬢様の様子を見ていたメイドさん達は、ニヤニヤ、ニヨニヨしていた。

 …………神様、味方が欲しいです。

 思い出し、少し泣きそうになっていると、ノックもなく扉が開いた。


「ジャック、準備は出来た?」

「……お前なぁ、ノックくらい――……」


 振り向き、文句を言おうとし……俺は完全に沈黙した。

 い、いや、だって、これは、その、あの……は、反則が過ぎると、思うぜ?

 お嬢様は怪訝そうな顔。


「どうした――はっは~ん♪」

「! ち、ち、違うからなっ!」

「な・に・が、かしらぁぁぁ?」


 勝ち誇った表情を浮かべ、淡い翡翠色のドレスを纏い、宝飾品を身に着けたエミリアが距離を詰めて来る。

 俺は、一歩、二歩と後退。お嬢様が前進。更に後退。お嬢様は更に前進。

 ――背中が壁につく。

 両手が突き出され、壁に付く。

 薄く化粧をし普段よりも大人びた表情のお嬢様が妖艶に笑う。


「さ、感想を言って! 貴方の御主人様は綺麗かしら? 借金執事さん☆?」

「うぐっ! お、お前……分かってて、聞いてやがるな?」

「え? 分からないわ。きちんと言葉にしてくれないと、ね」

「………………だよ」

「ん~? きこえなーい」

「だぁぁぁぁ!!!!! 綺麗だよっ!!!!! 今まで、会ったことがある女の子の中で、一番なっ!!!!!」

「っっっ!!!!! そ、そう……は、は、初めから、その、そう、言えば、いいのよ…………」


 言わせておいて、エミリアはしどろもどろ。

 壁から手を離し、両手を握りしめ、頬を赤く染める。

 恐ろしいまでに可愛い。可愛すぎる。

 けれども……俺達は何をやってるんだろうか。

 にしても


「な、なぁ……」

「な、何よ……」

「や、やっぱり、俺もスーツの方が良いんじゃないか? この格好が悪いとは思わないけどよ、その……お、お前の恰好には負けてるし……」

「負けていないとダメでしょう? ジャック・アークライト、貴方は私の」

「執事」

「正解。貴方は常に私の傍にないとダメ。だいたい、スーツなんか着て行ったら…………か、考えるのも、お、恐ろしいっ」

「そ、そこまで、似合っていなかった、とっ!?」


 地味に凹む……。

 自分の中では、結構、似合っていると思ったんだが――。


「ジャック~♪」「ジャック兄様」


 エミリアの妹である、リリアとルリアが部屋にやって来た。

 二人共、可愛らしいドレス姿。

 俺の足に抱き着き、はしゃぐ双子を褒める。


「リリア、ルリア、可愛いな! 良く似合ってるぜ」

「えへへ~♪」「あ、ありがとうございます♪」


 嬉しそうに笑い――同時に、俺をじー。

 うん?


「どうした??」

「ジャック、ジャックは何時も通りなの??」

「ジャック兄様は御着替えになられないんですか?」

「……俺も、スーツを着たかったんだがな。怖い怖いお嬢様が許してくれなかったんだ。似合わないらしい」

「「え~」」


 双子が声を合わせ、自分達の姉を見つめる。

 対してエミリアはお澄まし顔。


「リリア、ルリア、時間がないです。馬車へ。ジャック、お手!」

「へーへー」


 釈然としないものを覚えつつも、エミリアの手を取る。

 双子は何度も首を傾げていたものの、元気よく部屋を飛び出し駆けて行く。

 転ばないといいんだが。

 ――お嬢様が、小さな頭を此方の肩を乗せてきた。


「……ねぇ、本当に分からないの?」

「? 何がだよ」

「だ、だからぁ…………そ、その……あ、貴方にスーツを着てほしくなかった理由」

「……似合ってなかったからだろ?」

「ちーがーうー」


 拗ねたように、エミリアが零す。

 なら、何でだ??

 ……考えるも分からん。素直に聞く。


「なら、どうしてだ?」

「…………似合ってたから」

「??? 似合ってたのなら、良い」

「良くないっ!」


 お嬢様が、頭を動かす。

 腕を取り更に拗ねた口調。


「今晩の晩餐会には、たくさんの紳士淑女が参加するのよ? そ、そんな場所に、あ、あんなに、………いい貴方を連れて行くなんてっ! で、出来るわけないでしょうっ!! 攫われたらどうするのよっ!? この世の中には、危ない人がたくさんいるのよっ!?!!」

「はぁ? 例えば、誰だよ」

「貴方の御姉さん」

「…………了解した。お前の懸念は正しい。確かに姉貴ならやりかねん。でも、参加するのか? 連絡は来てねぇぞ??」

「…………何処からでもやって来そうじゃない」

「くっ! 我が身内ながら、ぐうの音も出ねぇ」


 確かにあの人ならば、帝都にいなくても野生の勘で察知して戻って来そうだ。

 ……でも、スーツ着て、出かけたくもあったんだがなぁ。

 エミリアが、くすり、と笑う。


「今度、屋敷の中で着ればいいじゃない? その時だけは、純粋に、い、許嫁のや、役をしてあげてもいいわ」

「…………ほら、行こうぜ」


 俺はエミリアを促し歩き出す。

 ――ま、今度、そうしてみるかぁ。

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