第20話 迷子

「えーっと……ここ、何処だ??」


 ああ、帝都の大市場だってことは分かってる。お嬢様は「中央市場です」とか言ってたな。

 問題は、だ……周囲を見渡す。

 人、人、人。ここだけで、実家の村と同じくらいいるんじゃね?

 売ってる物は種々雑多。宝石、鉱石、魔力を感じる物。取り合えず食い物でないのは分かる。分かるが。

 さて、俺はどうやって帰ればいいんだろうか?

 入る時は、お嬢様とくっちゃべりながらだったし、その後も地図らしいもみた記憶がねぇ。道も……ここ、迷宮じゃね? と思うくらい、入り組んでやがるし。

 つまり


「やれやれ……あいつ、いい歳して迷子かよ。困ったもんだ」


 と、悪ぶってはみるものの、現実は過酷。

 つーか、みんな背が高過ぎるだろうがっ! 何を食ったらそんなにでかくなるんだよっ!!

 何とかお嬢様を見つけようとするも、どうしても人混みに紛れてしまう。

 ……背が足りないわけじゃねぇ。断じて、背が足りねぇわけじゃねぇぇ。

 が、見つけにくいのは事実。さて、どうしたもんか。

 う~ん、う~ん、と悩んでみても名案は浮かばず。


「ま、誰かに道を聞いて入り口で待ってればいいだろ。幾らあいつでも、俺を置いて帰ったりは……」 


 どうだろうか?

 流石に愛想をつかして帰っちまうかな?

 ……急に、不安が込み上げてきた。

 い、いや、大丈夫。大丈夫だ、ジャック・アークライト。餓鬼じゃあるまいし。言葉が通じれば、どうとでもなる。

 むしろ、問題は――微笑を浮かべつつ、怒気を撒き散らすエミリア・ロードランドの顔が目に浮かぶ。

 い、いけねぇ。か、身体が震えてきやがった。

 いや、だって、そのお前、値切ってるし……あの石、キラキラしてて綺麗だったから……。


『入る前に言っておきます。この大市場で一度はぐれたら――まず、再会出来ません。ですから、絶対に手を離さないように。仮に、はぐれたら……うふふ』


 …………。

 ど、どうにかしてあいつを見つけないといけねぇ。じゃないと何をされるか。

 考えろ。考えるだっ、ジャック!

 左手を見つめる。

 ――そうかっ!


※※※


「さて……あの人は何処へ行ったんでしょうね?」


 今いる場所は分かっています。

 帝都中央市場。世界中からありとあらゆる物が集まってくる、巨大な市場。


「一度はぐれたら再会するのは難しい。だから、手を離すなって、あれ程言ったというのに……これは、お仕置きが必要ですねっ!」


 取り合えず、今度出かける時は手首に赤い紐を結びましょうか。丁度良い物を先程、買えましたし。

 あの店主、中々の強者でした。この私、エミリア・ロードランドとあそこまで競おうとは……今度から、ジャック用の紐や布はあそこで買うことにしましょう。

 お仕置きは何がいいですかね?

 やっぱり、紐を手首に? 

 ……いえ、確かに必要措置ですが、ちょっと違う気がします。二度と、私の手を離さないよう教育しないといけません。


「やはり……首、でしょうか?」


 脳裏に、赤紐を首につけ駆け寄ってくるジャックの姿が浮かんできます。

 ……わ、悪くはないですね。改良の余地は相当残されているようですが。

 それよりも、昼間、怖い話を一緒に読むのはどうでしょうか?

 あれで、あの人は意地っ張り。きっと、昼間の内は一生懸命、怖くないふりをしても、夜になれば。


「――むふ」


 いい。いいです。最高です。

 お仕置きは決定しました。では、彼をとっとと見つけることにしましょう。

 普通の方ならば確かに再会は難しいでしょう。

 が、私はエミリア・ロードランドで、探す相手はジャック・アークライト。世界中、何処にいようが見つけ出してみせます。感知魔法を発動。

 

 ――おや?

 

 感知をすると、少しずつですが近付いてきているようです。

 ……仕方ありません。

 私は待つことが出来る女。ほんの少しだけですけど。

 あ、違います。こっち、こっちですっ! そうですっ!! ああ、もうだからっ。

 

※※※ 


「えーっと……こっちか!」


 人混みを掻き分け、掻き分け、通りを進んでいく。

 ――俺は、この数週間、何度もエミリアの魔力を感じた。

 なら、それを辿っていけばあいつがいる筈だ。

 ただ


「あーうー……魔力が足りねぇ……」


 連続で使っていたせいもあってか、もう限界が近い。

 ここら辺の筈なんだがなぁ。

 左手に魔力を集めて、探ろうとし――閃いた。


「あ、そうだわな」


 切り替え、ほんの一瞬だけ使うことをイメージ。

 ――お、いた!

 でも、あ、あれ? 何か、これ、近付いてきてね?

 背筋が、ゾクリ、と震えた。

 い、嫌だ。振り向きたくねぇ。振り向きたくねぇ!


「……あらあら、何処へ行っていたんですかぁ? 迷子のジャック?」 

「ま、迷子じゃ」


 左手に赤紐が結ばれた。とんでもなく精緻な刺繡。

 ぐいっ、と引っ張られ後ろへ。手が伸びてきて抱きしめられる。


「まったくっ! 赤紐を買っておいて正解でした。今後、お出かけする時はこうしますから」

「…………迷子じゃねーし」 

「はいはい。心細かったですねー。大丈夫ですよー。お姉さんが一緒ですから♪」

「お前みたいな姉は、俺にはいねぇよっ!」

「……心配、したんですよ?」


 更に強く抱きしめてくる。

 あーあーうー……左手を、お嬢様の手に乗っけて呟く。


「……わりぃ……」

「――むふ」


 変な声が。……おい、もしかして、今の演技か?

 後ろを振りむこうとするも、首が固定されて不可能。 

 上機嫌そうにエミリアが宣言。


「も~そこまで言うなら、許してあげます! 寛大な私に感謝して、崇め奉ってくださいね? 迷子だったジャック・アークライト君??」

「っぐっ! て、てめぇ……」

「あ、一つお願いがあるんです。聞いてくれますか? 迷子だったジャック・アークライト君?」

「わ、分かった。分かったからっ!」


 きたねぇ。ほんと、このエミリア・ロードランドはきたねぇ!!

 ――こうして、安請け合いをした俺はとても後悔することになったんだが、それはまた別の話だ。

 おおおお、お化けとか、怖くねぇしっ! いねぇしっ!! 夜も、真っ暗でも大丈夫だしっ!!!

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