第8話:お菊ちゃんにアクセス

「お菊ちゃんにアクセス。中央フィールドに呼び出します。」


 指示を受けたアスカの操作で、フィールド中央にお菊ちゃんが現れる。


「ふぁい、皆しゃんこんにちは。」

「呂律が回ってないが、どうした?……てか、おぃ、コラ、チーフ!監視アプリ、入ってないのか!?」


 今頃台座ベースが膨れ上がっているとしても、お菊ちゃん一人位ならなんとか出来るとおもっていたが、そもそも内規で入れているべき監視アプリ自体が入っていないとは恐れ入る。


「まぁ、物書きドキュメント専用機とは言え、もらってからまだ手を入れている最中だしな。構築中って事だねぇ。ところで、お菊、何があった?」


 自分の追求に関して開き直られた上に、話題を変えられてしまった。

 不調だとしても本来は監視アプリが入って入れば、メッセージを発信するはずだ。


「今朝きゃらなんでひゅ。よく解らにゃいでしゅぅ。」


 言語エンジンに処理落ちが発生しているのか、何を言っているかよく解らない。

 黄八丈の衣装スーツは乱れていないので気づかなかったが、よくよく見ると身体全体が上気して目も潤んでいる。


 チドリに目で合図すると、頷いて静かにお菊ちゃんの背後に移動する。


「(失礼しま〜す。)っ、エイッ!」

「キャッ!ひゃっっん!!」


 チドリがいつもの台詞は外せないのか小声で呟いてから、お菊ちゃんの背後から腰に軽くタッチすると、それだけで過剰な反応が返ってくる。


「マスター、これ、外部からのスキャンなんじゃ?」

「アンカーかけておきます?」


 斑鳩の配下にあるコンピュータが、対クラッキングに対してアドバンテージがあるのは、攻撃者からのアクティブスキャンに対して、検知しやすい事が一つの理由である。


 クラッカーにしろ、ハウンドにしろ、先ず攻撃対象の状態やスペックを把握スキャンする所から開始する為で、被攻撃者ディフェンス側としては早めに検知出来れば出来るほど、対策が立てやすい。


 斑鳩配下にあるコンピュータに対してスキャンがされると、ナビゲーターがお尻や胸を触られたと騒ぎ出す次第で、早々に検知出来るのである。


 レベルの高い攻撃者は、スキャンで素早く正確に情報を引き出すが、スキャンの対象となったコンピュータのナビゲーターは、正に今のお菊ちゃんの様にその手練れに蕩けてしまう。


 チドリが言う様に、外からのスキャンがあったのはほぼ間違いないのだろうが、ただ本人が、『よく、解らない』と言おうとした事が気になる。


「お菊ちゃん、外から身体を触られた感じはなかったのか?」

「にゃいです。でも、なゃんか朝からふわふわしてましたが、にゃいでふ。」


 今までの経験からスキャン対象のナビゲーターは、身体を触られたと言っていたが、今回は特殊な様だ。


「アスカ、アンカーだ。チーフ、お菊ちゃんのログを確認するがいいか?」

「まぁ、私がチェックするより早かろう。いいぞ、チドリやってくれたまえ。」


 えっ?、と、動揺が走るお菊ちゃん。


「承りました。アンカー完了。チドリ、準備整いました。」

「えっ?ましゃか、ちょっと?あんっ!らめ〜っ!!」


 チーフから送られて来たアクセスコードを読み取ったチドリが、腕を胸の前でクロスして、ガードしようとしたお菊ちゃんより早く胸にタッチする。


「ひぃん!あぁっん!」


 チーフから貸与されたアクセスコードは管理者権限でそれ自体、お菊ちゃんに抵抗出来る余地がない上に、黄八丈の身八つ口(和服の脇の空いた部分)からチドリは手を入れる念の入れよう。

 多分、楽しんでやっているに違いない。


 薄い襦袢の上から、個人使いパーソナルユースにしては、大きめの乳房ストレージにアクセスする。


「チーフ〜、もうちょっと、文書を整理しようよ〜。え〜っと……。ログの保存場所変えているでしょう……。あった、あった。解析開始するよ、我慢してね。」

「ひぃんっ!ふぁっ!あんっ!」


 チドリの細い指が動く度にお菊ちゃんの口からいつも以上に声が漏れるが、チドリ、お前、普段と手つきが違っていないか?


 とは言え、解析の進捗を示すプログレスバーが進むにつれチドリの表情も真剣になっていく。


「解析完了。…………どぉ言う事?目立ったアクセス記録がない。スキャンされてない?アスカ、どう思う?」

「確かにそうですね。でも……。」

「でも?」

「壊れたパケットが送信される量が多くないですか?受信したパケットに関するチドリのログと比較したグラフを表示します。」


 チドリが行った解析の結果は、アスカも共有していて同様に傾向分析も行なっている。

 この様な解析の際、思考プロセスが違うAIだと、それぞれ着眼点が変わってくるからありがたい。

 ちなみにお菊ちゃんは、チドリのアプローチから一時解放されて放心中だ。


 表示されたグラフには、壊れたパケットを受けた量が、確かにチドリと比べて、ある時間を境に跳ね上がり突如終わっている。


「これ、メカリが受けた攻撃の影響かと思っていたが、終わり方が何の連動性がないねぇ。」

「むしろ、銀爺ジジイの悪戯の一環の可能性が高いな。」


 仮にそのパケットがスキャンだったと仮定した場合、銀爺ジジイの悪戯のプログラムが、メカリの監視下にない未知のコンピュータに、しかけたとしてもおかしくはない。


「……この壊れたパケットの発生源をたどるのも悪くないな。運が良ければ銀爺ジジイが仕掛けたデバイスにたどり着くかも。チドリの仮想バーチャルマシンでデコイのコンピュータを作るか?」

「しかし、破損したパケットですと、受信したとしても反応が微弱で拾えない可能性があります。パケットを増幅するか、検知精度を上げないと、即座に検知するのは難しいです。」

「そっか、なら仕方ないな。メカリの影武者バーチャルマシンの起動を優先するか。」


 画面の向こうで何やら思案しているチーフに声をかける。


「どうした、チーフ?銀爺ジジイの次の攻撃を躱す方法、何か行けるか?」


「……いや、全て、何とかなるかもしれないねぇ。チドリ、お菊の文書データを検索。アイデアノートをまとめたフォルダがあるはずだから、その中からオフィスのネットワークに関係する文書の一覧だしてくれ。」

「了解!」

 と、再びお菊ちゃんの胸を弄り出すチドリ。


「あんっ!?やんっ!なゃんで、チドリしゃんが探しゅのれすかぁ?」

「あっ!」

 確かにお菊ちゃんに直接指示すれば良かった事に気づくチーフだった。

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