第7話:鳴り響く警告音

 〈〈〈ピーーーーーーー!〉〉〉


 オフィスに設置のほぼ全てのコンピュータから鳴り響く警告音。


「なんだ?なんだ?」

「どうした!?」

「おらっ!何やらかした!?」


 警告音と共に、コンピュータになにやらメッセージが大量にポップしたらしく、オフィスで仕事をしていたユーザーの怒号と悲鳴が響き渡る。

 勘がいい奴は、オペレーションルームまで乗り込んでくる。

 多分これでは仕事にならないだろう。


 間違いなく大量メッセージのポップは、メカリをオフィスのネットワークから遮断した事が引き金トリガーだろう。

 確かにオフィスがネット攻撃を受けていた場合は、オフィスのネットワークセグメントを遮断する事が定石だが、今回はその定石が最も避けたい悪手の一つに挙げられる。


 銀爺ジジイの悪戯である事と、一番始めのメカリのメッセージカットでメッセージ量が跳ね上がった事を考えると、定石に従って操作する度にトラップが起動する仕掛けをしてあると、チーフも自分も推測したからだ。


 ただ、今回の発動したトラップのタイミングで、一つ確証を得た事がある。

 が、それを確認する前にすべき事がある。



「チドリ。アンカー解除。オフィスのネットワークを再スキャン!情報更新しろ!」

「うん、了解。」


 背景としてマスクがかかっていたオフィスの透過処理がクリアになり、全体を見通せる様になってくる。

 今度はオフィスのネットワークをターゲットにして、銀爺ジジイが何を仕掛けたかを確認する必要がある。


 明らかになってくるネットワークに、羽根が飛び舞う状態を見て、絶句する。

 斑鳩は解析したネットワークを、複雑な電子回路の様に描画し、回線の末端に設置されるコンピュータを、大体構成に従った2メートル弱の様々な形をした台座ベースの上にナビゲーターを立たせて表示する。

 構成によっては椅子型の台座ベースなどもあるが、ナビゲーターは台座ベースの上で現実世界で行うユーザーのコンピュータ操作に連動して、ナビゲーターが動作している。


 その様に通常なら立っているはずのナビゲーターの姿は、今は半数近く台座ベースの上にしゃがみ込んでいる。


 いや、まだ症状がネットワーク全体に具現化していないだけ。

 まだ立っているナビゲーターの台座ベースが、モコモコと膨れる様に変化しているのが見て取れる。

 まるで型に入れたパンが焼成で膨れる様子を早送りで見ているかの様に、台座ベースが次々と盛り上がっていく。


「ひんっ!」

「キャッ!」

「ふぁっ?」


 不安定な足場の上に立つナビゲーターは、次々とバランスを崩し様々態勢で膨れ上がった台座ベースの上に腰をつける。

 膨れた台座ベースがクッションの様な素材マテリアルの様で、倒れたナビゲーターの身体を受け止める。


 しかし、ナビゲーターが足を取られて転げる度、台座ベースから吹き出し巻き上がる大量の羽毛。


「ふぁっ!」「あれ?!」

 オフィスのネットワークに羽毛が舞い散る中で、見渡す限りまともに立っているナビゲーターは皆無。多分まともに稼働しているコンピュータは皆無であろう。ナビゲーターの口から発するのは、総じて戸惑いが混じる悲鳴である。


「あ〜〜、これどうしよう…………?」

「……阿鼻叫喚だね。」

「ま、稀に見る集団感染パンデミックですね……。」


 見慣れたはずのネットワークのあちこちで、転がったナビゲーターがあげる悲鳴を聞きながら、しばらく呆然と佇むしかなかった。


「お三方さん。固まっている時間はないぞ。」

 チーフが席に戻って来た様で、ウィンドウに姿を見せる。


 流石は斑鳩を作った開発者変態

 オフィスの惨状にあまり動揺はない。


「しかし、どうするよ、これ。」

 さっきと同じ事を再び呟く。

 まぁ、これをどうにかするのが、自分の仕事であるのだが……。


「さて、先ずは視界の悪いネットワークをなんとかしたいねぇ。」

 VRフィールドに飛び舞っている羽根の事だが、それだけネットワークに不要なパケットが滞留していて、レスポンスが落ちている事を示している。


「アスカ、この羽根はやっぱり?」

「はい、メカリに送信されるアラートメッセージです。」

 羽根をフォーカスしてみると、アラートメッセージの内容が表示される。


「けど、メッセージのレベルが“軽微”だけじゃないな。」

「全てのコンピュータで警告音が鳴る位だからねぇ。って、あんクソジジイっ!」

「どうした?」

 状況を調べていたチーフが、珍しく悪態をつく。


「この乱痴騒ぎ、銀爺ジジイのアカウント使って、メカリの監視アプリに仕掛けてやがる。」

「なんと、ひねりのない。」


 “Hermit's Lamp”社の内規では、メカリのシステム監視下に入れる為、例外を除いてオフィスで使う全てのコンピュータには監視アプリを入れる事になっている。

 クライアントのコンピュータに入れる監視アプリとちょっと違い、オフィスのコンピュータは非常時にはメカリにリソースの一部を貸し与え共有する仕組みが監視アプリに搭載されている。


 今回の集団感染パンデミック的な大騒ぎは、銀爺ジジイのアカウントを使い、その監視アプリの共有の仕組みを利用して、今回の騒動が発生するコードをばらまいた様だ。

 リソースの共有システムは、過去にも“Hermit's Lamp”社の弱点として晒した事もあるが、業務の中心であるメカリを停止させない強みでもある。

 弱点を無くす様に改修は繰り返しているが、銀爺ジジイに仕込まれるのには、対処のしようがない。。


 ちなみに、アスカとチドリには、その監視アプリはインストールされていないので、今回は助かっている。


 経営者の癖に並みの電脳技師ウィザードよりよっぽど腕の立つ銀爺ジジイに付与されている管理者アカウントなら、“Hermit's Lamp”社のほとんどのシステムに介入は可能なはずだ。

 アカウント流出を想定したのかもしれないが、どちらかと言うと、銀爺ジジイが自ら悪戯の犯人だと名乗り出た、つまり我々を挑発しているとも取る事も出来る。


 個人的には、もう少し凝った細工を期待した分、ちょっと残念な気分だ。


「よし、状況を把握したいし、羽根が散らかるネットワークの掃除をするか……。チドリ、メカリのバックアップデータはとっているな。メカリの仮想バーチャルマシンを作るをしてくれ。」


 戦略級ストラテジークラスである潤沢なリソースを持つチドリは、仮想バーチャルマシン化の技術を利用して、非常時には障害が発生したコンピュータの代替業務をする事も想定している。

 そのチドリが代替業務をするコンピュータのリストにメカリももちろん入っている。


「うん、メカリのバックアップは取っているよ。準備だけでいいね。」

「よろしく。」

「4分30秒ほど時間頂戴。」

「了解。」


「準備だけって事は、やっぱり次があると考えているねぇ。」

「メッセージカットにしろ、メカリのネットワークからの離脱にしろ、定石の行動に必ずトラップを仕掛けている。仮想バーチャルマシンの起動も、銀爺ジジイは何か仕掛けているだろう。」

「ああ、それについては同感だねぇ。」

「だけど、メカリかメカリの代わりになるヤツが処理しないと飛び散る羽根も始末出来ないだろうし、ついでにスキャンよりオフィスのコンピュータの状況を詳しく知りたい。それに……」

「それに、オフィスのどこかにプログラムを仕掛けているデバイスの位置をあぶり出したい。……か?」

「やっぱりそう思うか?」


 今回の銀爺ジジイの悪戯は、反応速度から考えて、本人が遠隔操作で仕掛けているのではないと、自分もチーフも考えている。

 一連の悪戯の処理を実行するプログラムを登録したコンピュータなりデバイスなりが、オフィスのどこかからネットワークにつないでいるはずだ。

 それを見つけるのが、今回の勝利条件になるだろう。


 しかし、何パターンか分岐処理は用意されていると思うが、何ヶ月か前に銀爺ジジイが仕掛けたレールの上をなぞっていると思うと、少々自分に腹が立ってくる。


「とりあえず、チドリにメカリの代わりをやってもらうとして、それだけでは物足りないねぇ。」

「出来るなら、仮想バーチャルマシンの起動と一緒に、今度はこっちから仕掛けたいな。」


 銀爺ジジイの手口が、仕掛けたプログラムでやっていると、ある程度目星がついた。

 銀爺ジジイが用意したとは言え、隠蔽する為にも、プログラムは複雑な処理は出来ないはずで、イレギュラーな状況を用意すれば、何かしらの尻尾がつかめると考えている。


「よし、お菊ヒナギクにアクセスしてくれまいか。過去の企画書やアイデア帳を見直してみるよ。」

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