第6話:乱舞するフィールド
「画面構成終了致しました。」
アスカのオペレーションで閉じた目を開くと、いつもの位置にチドリとアスカが居る見慣れたVRフィールド。
オペレーションルームの隣にある、オフィスのVR専用ルームで自分用のヘッドマウントディスプレイを装着して、斑鳩が構成するVRフィールドにアクセスをしている。
チーフは
制約ついでにオフィスに詰めるメンバーとの橋渡し役をする様で、外部モニターとシンプルなヘッドセットで対応だ。
「よし、チーフ。聞こえるか。」
「同じオフィスに居て、扉を開けっぱなしだ。君の生の声も聞こえるよ。まぁ、斑鳩のモニターもチドリとアスカのログも良好だ。」
自分の左側にポップしたウィンドウの中で、チーフが答える。
自分は、ヘッドマウントディスプレイに付属する立派なヘッドホンをしているので、
直接は聞こえない。
「わかった。サポート頼む。チドリ、オフィスのネットワークをスキャン開始。」
「アクティブスキャンになるけど、イオリちゃんはどうするの?」
「
「了解!」「承りました。」
スキャンが進むにつれ、VRフィールドに俯瞰する形で表示される見慣れたオフィスのネットワークを見ながら、そういえば最近はネットワーク全体を俯瞰するまでスキャンする案件は少なかった事に思い至る。
徐々に解像度が上がっていくオフィスのネットワーク。
その中で、メカリがいつもいる位置が、白く霞んでいる気がする。
メカリのスキャンが阻害されているのか、嫌な感じだ。
「スキャン完了致しました。ネットワーク表示完了、表示も良好です。メカリをアンカーします。」
「ゲッ!?」
メカリを呼び出したはずのVRフィールドの中央に現れた光景は、正にスノードーム。
クリスマス時期になると雑貨などに並ぶ、白い雪を模したオブジェクトが舞う、そのスノードームに中に迷い込んだ様に錯覚する。
この乱舞では、フィールドが霞むのも納得である。
「雪……じゃない?鳥の羽根か?」
VRフィールドに舞い上がる白いオブジェクトを良く良く見ると、それは湾曲した羽軸を持つ鳥の羽毛である。
乱れ舞う羽毛は、VRフィールドの中央に立っているはずの人影にまとわりつく様に渦を巻く。
「…………!チーフ、情報制限だ。オフィスの連中には見せるな。」
「わかった。」
“Hermit's Lamp”の基幹業務を担うシステム監視のコンピュータのサポートAIであるメカリは、腰である亜麻色のストレートヘアーを中央の一ヶ所まとめた男装の麗人で、ワンポイントの赤いポケットチーフにダークパープルの燕尾服を模した
だが、今はその姿と程遠く、上気した頬に潤んだ瞳、着崩れてうなじがシャツの襟元からのぞき、
「ひぃん!」
メカリの口から漏れる声は、通常と違う声だ。
斑鳩の評価出来るポイントの一つが、マルチタスクならではのなのか、表面では見えないコンピュータの不調を可視化出来る点である。
とは言え、表現の手法をどうにかして欲しいのが、本音だ。
いつも仕事に使っているサポートAIの乱れている映像なんぞ、オフィスの連中には見せられない。
「っっっっ……、んっ!」
飛び舞う羽毛に全身を撫で回され、力なく吐息を漏らすメカリ。
ポップさせたウィンドウで
「ひゃっ?!あはははははっ!」
「?!」
たまらず漏れた一際大きな声は、明らかに笑い声。
どうやらメカリの弱いポイントを押さえられてしまった様で、堰を切ったよう様に笑い始めた。
「あははっ!らめっ!とめっ、とめてっっ!!」
たまらず膝が崩れ落ち、仰け反るメカリ。
メカリの笑い声が、白い羽毛が舞うフィールドに響き渡る。
「……これは何だ?インセクト??」
思ったことと違う情景に、なんとなく気がそがれついて出た呟き。
無論“これ”とは、フィールドに舞う羽毛の事である。
「この羽根は可視化したメカリの受信メッセージです。」
「えっ??なんと?」
アスカに指摘されて、羽毛をオブジェクトとしてフォーカスしてみると、確かにメカリが受け取っているであろう、『軽微なメッセージ』の内容が表示される。
半端ない量のメッセージを舞い乱れる羽毛として、斑鳩が表示したという事らしい。
斑鳩では絡みつく糸で表現されるDoS攻撃も、同様にコンピュータが捌ききれなくなる位の半端ないデータの送信する攻撃であるが、
“被害がないが、実害はある”嫌がらせの様な絶妙な匙加減で繰り出す
全身を撫で回される羽毛のアプローチにメカリの全身の感度もあがっているらしく、いつもなら拾わないメッセージにも過敏に反応してしまっているのも納得はいく。
後々、メカリのチューニングが必要になって来るかもしれないが、腹立たしい事に今の時点では仕事は問題なく回っている。
「まったく、毎度毎度感動に値するお手並みなのに、素直に賞賛出来ないのは何故だろう。」
「それについては、同感だねぇ。」
「アスカ、メカリにまとわりつく羽根はどこから流れてきている。」
「オフィスのネットワークからですね。」
VRフィールドをみると、中央のフィールド以外はマスクがかかって、透過処理されているが、オフィスのネットワークとそこに接続されているコンピュータのナビゲーターが表示されている。
斑鳩による可視化のおかげでネットワークの動きを直接みる事が出来、羽毛がオフィスから流れ込んできているのも一目で把握出来る。
「さて、どうするかい?間違いなくオフィスのネットワークに何かあるねぇ?」
「ただ相手は
ここまで絶えず膨大なデータ量が流れていれば、遡って行くのは可能だろうが、間違いなく擬装がかかっていると考えて良いだろう。
さらにトラップが仕掛けられている可能性もあるが、それさえ気をつければ比較的短い時間で
好手悪手含めて仕掛ける手段は星の数だけあるが、こちらから仕掛けなければ何も得られない。
スピードも必要だが、今回は
「わかりました、オフィスのネットワークから離脱しますね。」
「「えっ?」」
チーフとの会話に割り込んでくる女性の声。
その内容を理解するまで、思考に一拍の空白が生じる。
「メカリ、緊急シークエンス実施。オフィスとのネットワーク回線遮断。」
「ちょっと待て!」
声の女性は、今日の
メカリのアナウンスを流すスピーカーがオペレーションルームやオフィスの一部に設置されているが、今回はチーフや自分の会話も流している。
その会話を聞いて女性オペレーターは呼応して、メカリに指示を出した様だ。
斑鳩が構成するVRフィールドで、馬鹿笑いをさらす姿とは違い、オペレータールームではややラグがあるもののしっかりした声を返すメカリ。
「『……緊急シークエンス実施します。NW-102。オフィスのネットワークセグメントを遮断します。よろしいですか。』」
「メカリ!キャンセルだ!」
慌てて叫ぶ。
チーフの方もヘッドセットを引きちぎって席から飛び出したらしく、画面から消える。
「お願い。」
「『オフィスのネットワークセグメントを3秒後に遮断いたします。……。』」
オペレーションルームからの指示を、斑鳩のVRフィールドでキャンセルの指示をしても受け付けられる訳でなく、飛び出したチーフも間に合わなかった様で、VRフィールドの笑い蕩けたナビゲーターの姿が、かき消える。
--- ブワッッ! ---
実際に聞こえた訳では無いが、メカリがネットワークを遮断した瞬間、周りに透過表示されているオフィスのネットワークに、大量の羽毛が舞い上がる。
〈〈〈ピーーーーーーー!〉〉〉
次に自分のヘッドホンには、オフィスに設置したマイクが拾ったオフィスのコンピュータの警告音が鳴り響く。
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