第5話:社長の帰還

「おぅ、間違いない。ジジイ社長が帰って来ている。」


 マーちゃんの宣告に対して、二つの温度差が生じるオフィスのオーディエンス。


 開発や監視部隊に今までと違う種類の緊張感に対して、あからさまに気を緩める営業や管理部門の社員。

 調子の良い営業に至っては、「はい、かいさ〜ん」と言って、席に戻っていく。


 後から入ってきた2年目君に至っては、オフィスで何が起きたか、わからない様子だ。


 問題の“Hermit's Lamp”社の社長。

 一線を退いたとは言え、業界では知る人ぞ知る凄腕の技術者エンジニアだ。

 本人はシステムエンジニアSEと言い張るが、あらゆる事に精通する膨大な知識と問題を解決に導く思いもよらない発想力、拗れた関係も丸く納める調整力で、世界中の大小様々なプロジェクトに参加して、多くの困難な成功を導いてきた実績がある。


 プロジェクトにおいて無いと言われる「困難を解決する決め手」と言う意味で表現される『銀の弾丸シルバーバレット』。

 その『銀の弾丸シルバーバレット』と絡ませ、本人の名前の一字をかけて“銀爺”と呼ばれる事や、一線を退いたという事で会社の名前にもなっている『隠者ハーミット』と、いくつかの二つ名で呼ばれる事がある。

 プロジェクトに関する武勇伝は数多くあり、一説にはコンピュータにタロットカードの名前をつけるWCSCも、システムの立ち上げに貢献した銀爺ジジイの功績を称えて『隠者ハーミット』は欠番にしていると言う噂があると言うくらいで、いわゆる生きた伝説と言っても過言ではないだろう。


 本人は第一線は退き、悠々自適な生活をするつもりで“Hermit's Lamp”社を立ち上げた様だが、やはり銀爺ジジイを頼ってくるツテは依然として多い。

 今も個人的に要請があった案件で、後数ヶ月は会社を不在にしていると思っていたが、会社にちょっかいを出せる位片付いたと言うことだ。


 ちなみにこの銀爺ジジイは油断したタイミングで訓練と称して、過去に何度も仕掛けて来て、監視部隊を焦らせた実績がある。

 今回も被害は無いが実害がある状況から、銀爺ジジイの訓練と考えて間違いない。


 この銀爺ジジイの訓練は、身内だから出来る容赦ない攻撃もさる事ながら、そのあとの反省会がこれまたウザい。

 大概、近くの居酒屋で乾杯と共にスタートする反省会は、持ち前の観察力だか洞察力だかで、当事者以上に状況を把握しており、つまり公開処刑にされてしまうのである。

 銀爺ジジイの人格と、言葉に嫌味がないのが幸いしてトラブルになる事はないが、酒のアテとばかりに銀爺ジジイに微に入り細に入りその場の心理と対処を言い当てられた人間は、例外なく酔えないか悪酔いしてかしまうかのどちらかである。


 その為、銀爺ジジイ主催の訓練では反省会のターゲットにならない様に、技術職は必死で回避策を考える事になる。

 逆に訓練に参加する可能性が少ない営業職は、ターゲットにされる可能性が少ないので、気楽なものである。


 チーフと自分は前線に立つ職務の性質上、反省会参加は定番であるが、今回の件については、チーフが出社するまで状況把握を怠った東京時間担当の二人のオペレーターは、参加酒の肴確定であろう。


 合掌である。


 さて、反省会の参加は確定であるが、既にイケニエが確定している以上、さっさと終わらせて自分が肴に追加される事は回避したい。


「しゃぁねぇ、さっさと終わらせるか。」


 チーフを見ると、彼女も同意見の様だ。



「メカリ、“イオリ”の様子はどうだ?」


『イオリ』とは、銀爺ジジイの使っている業務級ビジネスクラスのコンピュータである。

 銀爺ジジイが何か仕掛けていると言う事は、オフィス内に操作しているコンピュータがあると言う事だ。


「イオリの状態を確認します。……待機状態となっております。」

「了解。ありがとう。」

「お役に立てて幸いです。」


 オフィスに設置のコンピュータは、メカリの監視下にあるので確認してみたが、やはり一番最初に疑われるイオリは動かしていない様だ。

 イオリを無駄に起動して、デコイにでも使っているかと思ったが、その可能性も今のところない。


 かと言って、放置する訳にも行かないので、バングルデバイスを通じて、チドリに指示をだす。


「チドリ、パッシブ受け専門でイオリをスキャン。動きがないか監視してくれ。けど、何を仕掛けているかわからない。アクティブにあたるスキャンは、絶対に禁止だ。」

「了解!」


 バングルデバイスを通してチドリの返事が返ってくる。

 とりあえず、この悪戯の根源をみつける事が課題だろうが、今打てる手はこのくらいか?


「チーフは、どうする?」

「ハクホウの環境を復旧させたいが、時間がもったいない。サポートするからチドリのリソースを貸してくれまいか。機能が制限されるが、場合によってはそっちからハクホウをアクセスするよ。」

「了解。お菊ちゃんは使わないのか?」

「あれは、物書きドキュメント専用で、ほとんどノーマル仕様。」

「そうか、わかった。サポート頼む。」

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