第7話:追跡解析完了

「ひぃん!くっ!あっ!とめっ!はんっ!……」

 ランジェリーの様な過激な衣装スーツを着た薄幸なナビゲーターは、信号マーカーパケットが貫く度にくいしばる口から声が漏れる。悲鳴に時々甘いものが混じるのは気のせいか?


 ディジーを経由してクラッカーへと外部のネットサイバーネットに送信されたマーカーとなるパケットを追跡する。サイバーネットを流れるパケットの量は膨大ではあるが、そこは地球環境シュミレータークラスの処理を瞬時に計算終了できる戦略級ストラテジークラスのチドリのスペックで力任せに解析をしていく。

 どちらかと言うとパケットビューイングは、流れてくるパケットの上流へ遡るのは適していないが、下流へ降って行くのは向いている。そう言う意味では、“ネットハウンド”を“狗”と蔑称される事があるが、パケットを追跡し獲物を狩る意味での『猟犬』ハウンドとは、自分としては的を得た名称だと思っている。


 サイバーネット上を飛び交うパケットは、情報の消失避ける為に同じデータのパケットを複数のルートに送信する事により到着する。荒っぽい言い方をすれば、同じパケットをばら撒く事になり、この送信の仕組みもクラッカーの偽装する手段の一つとなる。

 パケットビューイングを使いチドリによって解析される追跡情報は、VRフィールド上に表示させた複雑な分子構造の様なサイバーネットマップに反映される。サイバーネット内の接続情報を表すサイバーネットマップは、ネット関連の複数の会社が工夫を凝らし発行しているが、自分はWCSCの加盟圏かが分かりやすいディスカバリーテック社が作成している物を主に利用している。

 マーカーパケットの解析の精度が上がる度、マップ上の情報がシンプルになっていく。やはりクラッキングの定石であるWCSC加盟圏外のプロキシを利用しているが、その後どうやらマーカーは圏内に戻ってきている様である。


追跡トレース解析完了致しました。」

 砂時計をみると、23分15秒を経過した所。まだ余裕はある。

「了解だが……、何だこれ?」

 追跡トレース結果を表示したウィンドウを二度見してしまう。

「圏外のプロキシを一つ経由しただけ?ハウンドを舐めちょんのか??」

 あまりに偽装が単純すぎて思わず訛がついて出る。


「ここのポイントから何処かに飛んでいる形跡は無いのか?」

「そう思って定点観測したけど、それらしき送信は無かったよ。それどころかクラリスの『Aphid』向けのパケットをここから観測したから、ここが源流ぽい」

「なんか釈然としないなぁ。まぁいい、ターゲットスキャンするぞ。パッシブスキャンと一緒に、アクティブスキャンをマーカーパケットに混ぜて二回に一回飛ばせ。後、ターゲットをジータと命名。」

「承りました」「了解!」


 サイバーネット上の活動は潜水艦に例えられる事がある。ターゲットの情報を事前に収集する必要があるが、ターゲットが移動する時発する音やエンジン音などを拾うパッシブソナーに対して、こちらからビーコンを相手に照射してターゲットの情報を収集するのがアクティブソーナになる。パッシブソナーに比較してアクティブソナーは取得できる情報量が跳ね上がるが、暗闇の中で懐中電灯を照らす様なもので発信者の存在がバレてしまうリスクがある。

 これと同様にターゲットから発信されるパケットなどで情報を解析する方法をパッシブスキャン。逆にこちらから、ターゲットへネットワークコマンドを送信して問合せる方法が、アクティブスキャンとなる。ネットワークでよく使われる“ping”のコマンドもアクティブスキャンの一つであるが、問合せに対してターゲットであるコンピューターが信号を返す処理を行う。その事からスキャンが行われている事が操作するクラッカーにきづかれて、警戒されてしまう事があるので注意が必要となる。


 こちらの心配をよそに中央にポップアップした大きめのウィンドウにジータの容姿が露わになってくる。黄色いミニスカートのワンピースを着たツインテールのナビゲータだ。サブウィンドウに表示される追加情報には、一般的なOSを搭載した自作の個人使いパーソナルユースなのがわかる。それほどタスクが動いてなく、こちらの活動に気づいていない様子だ。


「よし、一気に決めてしまおう。アスカ、アーティファクト『ウィング・カスケット』を使う。『 DB-Aphid』のデータに偽装してジータにデータ送信するぞ。」

「承りました。データ作成に30秒ほど時間を下さい。」

 ジータはクラリスに仕掛けた『DB-Aphid』からの送られてくるデータを、大口を開けて待っているはずだ。それを逆に利用して、自分が持つアーティファクトの一つを送り込む作戦だ。

 砂時計の時間を確認した所、20分を切った所。まだまだ余裕はあるが、ジータも踏み台の中継コンピュータだったら、再調査やなんだで時間食うなぁ。


「了解。加工でき次第、ジータに送信。」

「承りました。……後少し。よし、出来ました。チドリお願い!」

 ポップアップした『DB-Aphid』のデータ形式に加工された小箱の形のオブジェクトを、手首のスナップのみでチドリへ飛ばす。

 ホールドしていたディジーのバストから離した左手で、飛んできた小箱をチドリは受け取り、そのまま転送処理を開始。手のひらの上で小箱のオブジェクトが光の粒に分割され、渦を巻きながらインセクトに吸い込まれていく。


  ビーーーーーン

「なっ、なにっ!?はぁぁぁぁぁぁぁあんっ!!」

『Marionnette-RAT』を通じて大量のデータの転送を開始した事により活性化し、チドリが展開するゲージの中でディジーの腰に爪を立てたインセクトが震えだす。ディジーにしてみたら、腰に低周波治療機を当てられた様な感覚だろう。

 突然の出力にディジーは力の入らない両手でゲージをホールドするチドリの右手を掴むが、さして効果はなく頻繁に処理が飛んでいる様だ。


「転送はどの位かかる?」

「3分程度かと……」

 転送の進捗を表現するウィンドウが、ポップアップする。3分だって、ディジー。耐えるんだ。

「ありがとう。チドリは引き続き、ジータ周りの通信量を引き続き確認してくれ。」

 ジータが中継機である可能性をまだ捨ててない。


「こっちからの転送で通信量は跳ね上がってるけど、今のところ、他への通信形跡はないよ。」

「了解。まぁ、直接調べればいいか。後は、向こうが送ったデータを開いてくれるかだが……」


 『ウィング・カスケット』は、送り込んだコンピュータ上で起動してもらう必要がある。まぁ、強制的に起動させる方法がない訳ではないし、WCSCでもこの様な待機するケースについて、ハウンドの救済措置は用意されている。

 ただ、今回は早期に決着つくか、トコトン時間がかかるかのどちらか極端な結果になりそうな気がする。


 しかし、ディジーの利用者は昼休みの時間が終わって何をしているか判らないが、処理が頻繁に止まるコンピュータに対して、良くリセットをかけないものだと感心する。


 約3分の転送が完了と共に暴れるインセクトの活動が停止し、ディジーが安堵の表情を浮かべる。

 仕掛けは上々。砂時計の時間は14分を切った所。上のセルから落ちる砂を見ながら、WCSCに待機による延長の申請を出すか、強制的に起動させる手段をとるか、思案を巡らす。


「『ウィング・カスケット』の起動を確認しました!」

 クラッカーは転送が終わったデータを早速確認するために操作したのだろう。転送完了後5分も経たない内に引っかかるとは、辛抱足らん奴め。

「場所は?」

「ジータです。」

「チドリっ!?」

「外部からジータへの通信はないよ。」

「よしっ!クラッカーの利用端末は、ジータのみで確定だな。」

 ここまでお膳たてが揃えば、後は見ているだけで終了だ。

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