第9話:怪しい転送データ

「チドリ、今のウォーターが作ったデータは転送済か。」

「うん、残念ながら取引先のコンピュータまで送信済み。」

「アスカ、さっきのデータの内容のコピーは取れるか?」

「申し訳ありません。復元はちょっと無理です。」


 ウォーターが転送したデータクリスタルを見て声を上げ慌ただしくなる3人に対して、意味がわからないイズミちゃん。

 イズミちゃんの仕事は、我々3人の作業を見る為に稼働しているので仕方ないが、送ったデータに明らかに不純物が入っていた。


「じゃあ、仕方ない。チドリ、多少の負荷は止む得ない。手早くファイヤのスキャンを終わらせてくれ。」

「了解!ごめんね。」

 自分の指示に従い、ファイヤの跳ね上がる負荷を無視して、チドリはアクセスを開始する。

「ひぃ、やっん!」

 急に激しくなったチドリのアプローチにファイヤは声を上げるが、今は構ってあげられない。


「うん、スキャン完了。」

 上気してやや脱力したファイヤを支えつつ、チドリはスキャンの結果を報告する。


「ファイヤの方に管理アプリが幾つか入っている事を除いて、基本構成は一緒。ただ、双方のゴスペルのアクセスログを比較したら違いがあるの。」

 と、ログが表示された2つのウィンドウがホップする。


 双方のログを見る限り不自然な部分はないが、比較してみるとアクセス以外の付帯情報で、同じネットワーク上にいる限りファイヤとウォーターで同時に上がっていないとならない情報が、ウォーターの方でごっそり消えている時間帯がある。


 クラッキングをはじめとして、コンピュータを不正に操作する輩は、重要情報のアクセスや不正アプリのインストールなど目的の操作以外に、自分がアクセスした事の痕跡を削除も同時に行う事が多い。

 クラッキングの発覚や、追跡される手がかりを消す為であるが、通常各アプリやOSのアクセスログが対象となる。


 今回ウォーターに不正な処理を施したと思われる輩は、セオリー通り自分のアクセスした時間のログを削除しており、一見問題ない様に対応をしているが、流石に同じ機能を有するファイヤとログを比較されるとは、思っていなかった様だ。


 ただ問題として、ウォーターのログに細工した形跡があるが、何をされたかわからない点と、ファイヤが本当にウォーターと同様な不正な処理を起こっていない保証がない事が挙げられる。


 更に使っているデータベースアプリは、ゴスペルデータベース。

 このアプリは、高性能であり安定性が高く、人気のあるアプリである。


 クライアントのシステム部門は、受注システムの不具合は取引先が直接接続するWebコンピュータであるアースを中心にチェックをした様だが、暴走の原因はデータベースアプリをインストールしているウォーター、場合によってはファイアもだが原因だった様だ。


 ただ、ゴスペルに仕掛けられたであろう暴走の原因のコードを探すのは、今回はなるべく回避したい。

 ゴスペルは標準の状態でアカウントが過剰に作られ、なおかつアカウントが違うとデータベースに保存されているデータの存在すら表示されない技術者泣かせの仕様という特徴を持っている。


 ウォーターやファイヤに仕掛けられたであろうゴスペルの暴走コードは、仕様書などの情報がない状態ではとてつもなく時間がかかると想定される。


「じゃあ、今からゴスペルの調査だね。」

 こっちの気も知らないで、イズミちゃんが声をかけてくる。

「いや、それは今はしない。」

「えっ?」

「うん、面倒くさいからね。」

 うん、チドリがぶっちゃけたが、ストレートに言うとそうである。

 チーフが居ると、多分『やれ!』と言うだろけど……


 とは言え、証拠もなし『ウォーターが怪しいです』だけではちょっといただけない。

 それにいま時点で一つやっておかないといけない事がある。


「マスター、内線で音声通話のコールです。」

「おっ、ちょうど良い所にまーくんから電話だ。繋いでくれ。」


 自分の指示に従って、『Sound Only』と表示された、内線電話用のVRウィンドウが一つホップすると、そのウィンドウから怒鳴り声が再生される。


「おう、コラ、お前ら何をやってる?他のコンピュータを触ってると、クライアントから苦情が入っているぞ。」

「ちょうど良かった。クライアントに確認してくれ。受注システムに20時38分頃接続した取引先があったはずだ。そのコンピュータが暴走していないかどうかを、連絡取ってくれ。」


「何か判ったのか?」

 さすが営業とは言え場数をこなしているだけ有って、こちらの状況を察知した様だ。


「アクセスログでしか掴んでいないが、情報開示があったWebシステムではなく、後ろで動いているデータベースシステムに何か仕掛けられている可能性が高い。それをこれから調べる。」

「判った。他に手伝える事があるか?」

「こんな時間だが、以前暴走したコンピュータカガミの会社に連絡取れるか?協力してもらいたい事がある。」

「おぅ、多分大丈夫だと思う。」

「申し訳ないが頼む。何をしてもらうかはまとめておく。」


『了解』と言って、音声通話は切断される。


「さっきのおかしなデータを受け取った会社へ連絡を依頼をしたみたいだけど、結果が判るのって時間がかかるんじゃない?あんた達、待つの?」

 イズミちゃんの指摘通り、該当の会社を特定し担当者に連絡などで時間がかかる。

 さらに今の夜の時間帯、今回の話の関係者ならともかく連絡が取れるとは思えない。

 多分、早くても明日の朝だろう。


「いや、待つのも一つの方法だが、やれる事はやっておきたい性分でね。」


 さて、ここで考えるのが今後の方針である。

 ごもっともなイズミちゃんの指摘に対して答えた様に、待つ時間があるのならその時間で出来ることをする方が建設的である。


 まずやりたい事は、現象の再現。

 ウォーターが作った異物が入ったデータを確保すれば解析のサンプルが手に入る。


 ファイヤも同様に仕掛けられている可能性があるが、おかしな動きを確認できたウォーターでデータを作らせたい。

 その為には負荷分散装置ロードバランサーでウォーター側に割り振らせる必要がある。

 そうした上で、ウォーターが毎回変なデータを作っているかを確認したい。


 さらに発注システムに接続する条件だが、クライアントのシステム部門が何度か検証しているに関わらず、事象が発生していない所をみると、テスト用のアカウントやクライアント内のネットワークから接続した場合、発生しない可能性もある。


 こうして待っている間にウォーターがデータを作ってくれれば話が、事象が確認できるのだが、なぜが不思議な事にこの様な時に限って、接続がない。


 やはり、自分が仕掛けた方が確実な様だ。


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