第8話:アーティファクト『コイル・ミミック』

 フェノンのスペックを操作して、脆弱性による攻撃が出来る条件に合った環境を擬似的に作り出す。撒き餌みたいなものだ。

 これに引っかかるかは判らないが、かかった場合すぐに対応出来るように、執行開始のトリガーの砂時計を逆手に手をかけ待機する。

 腕が疲れそう。やっぱりトリガーはノーモーションで起動したいなぁ。


「ひゃっん!また、スキャンきまっ!いやんっ!またぁ?。」

 ポートスキャンの履歴一覧に、間隔を空けず2行追加される。

 明らかにパターンが違う。多分、今回は手動によるポートスキャンだ。


 砂時計に触れる指に力が入る。


 更に何回かポートスキャンがかかる。

 毎回送信元を変えるとは、細かい奴め……

 探っているのか、疑っているのか、細かく沈む浮きを見ている気分だ。


「来たよ!全く違う所から接続して、コードを送り込んで来た。」

「よし!釣り上げてしまえ!」

 手にかけていたま砂時計をひっくり返しながら、チドリがのり移っているフェノンに指示をだす。


 執行開始のトリガーを引いたこの瞬間、執行内容が今頃専用サイトに公表されているであろう。

 アンダーグランドでは、WCSCの執行情報を監視するアプリや通知するサービスもあるようなので、今回相手しているクラッカーなら、ものの数分で知る所になるだろう。


 ひっくり返した事で、青い砂に変化した砂時計とデジタルのカウントが静かに30分を刻みだす。

 今からはこっちのターンだ。


 頷いたフェノンが胸の前で重ねて広げた左右の手のひらの中に、プログラムパターンを伴う青い光が灯ったかと思うと、何本ものリボンの様な帯が飛び出した。

 飛び出したリボンは、フェノンのすぐ傍の何もない空間に巻きつき、光ったかと思うと、リボンが巻きついた人のシルエットを形作る。


 フェノンに仕込んだアーティファクト『コイル・ミミック』は、接続してきたコンピュータに対して負荷をかける事により処理を遅くして、その間に接続してきたコンピュータの情報を収集してしまうアクティブスキャン系のアーティファクトである。

 斑鳩では相手のナビゲーターにリボンが巻きつきコイル、VRフィールド上に引き込まれる表示になる。

 接続を切られてしまえばそれまでなのだが、クラッカーがクラッキングをかけているコンピュータは大抵処理が遅くなっている最中なので、経験上すぐに切断される事は少ない。


 今回『コイル・ミミック』によって引き込まれたのは、頭にリボンの様な大きな髪飾りをつけた幼い顔付きのナビゲーターである。

 あまり馴染みのない海外メーカーであるベージュにちかい白をベースカラーで、幼い顔付きにはアンバランスな肩や背中を大胆に露出したデザインの衣装スーツを着ている。短めの変形スカートだと思うがスカートがリボンに巻き込まれ生足を晒している。


 その為、髪飾りのリボンが相乗効果なのか、露出度の高い衣装スーツを着ている為か、角度によっては裸にリボンを巻いて「私がプレゼント。かっこはぁと」みたいになってしまっている。

 巻きつくリボンとは別に、うつ伏せで拘束されたナビゲーターの周りを結界の様に何本かのリボンが囲み、フェノンの胸の位置まで浮かび上がっている。


 そして拘束したナビゲーターが握っているのは、禍々しい濁った血の様な色をしたクリスタルのオブジェクトである。


「チドリ!プロテクターを着用!持っているモノを回収しろ!」


 フィールドの脇に控えていたチドリが、両手に手袋状のプロテクターを装着しながら近づいて、驚きの表情が貼りついている拘束したナビゲーターから禍々しい色のクリスタルを取り上げる。


「回収完了。解析を開始するね。」

 チドリの自我はまだ移してない様で、フェノンが受け答える。

「オリジナルは使わずコピーを作って解析開始してくれ。」

「了解です。」

「乗りかかった舟だ、こっちも手伝おう。チドリのリソース使うぞ。」

「ありがたい。頼む。」

 チーフも解析に加わるなら最強だ。ゼロディである以上、パターンマッチングが基本であるチドリの解析とは相性が悪く、時間がかかる可能性が高い。

 開いたクリスタルオブジェクトをひと目見ただけで、チーフから回答が返ってくる。


「ふむ、なかなか良い作りだが、単純なスクリプトだ。ベガに埋め込まれたコードと同じ物と推察できるな。」

 と、言うことはDoS攻撃を仕掛けたクラッカーが操作していると断定して良いと言うことだ。



「なら、遠慮は要らないな。」

「思う存分やりたまえ。」

「よし、ターゲット拘束したナビゲーターをアンタレスと命名!チドリ、フェノンでマニピュレーションモード行くぞ。ホームポジションに。」

 ここからはクラッカーが気づいて回線切断するまでが勝負となる。

 手早くフェノンの両手の操作権を取得すると、『コイル・ミミック』の表示効果エフェクトで宙に浮いているアンタレスのお尻を右手で擦る。


「ひゃっっんっっ!!」

 執拗にフェノンにスキャンを掛けていた同じポートにアクセスすると、声だけでなく脊髄に電気が走った様な過剰な反応が返ってくる。

 『やはりな』と、自分に納得して、先程ベガに使っていた『龍鱗DS-1』を右手に転送させると、そのままアンタレスの額に貼り付ける。。

 斑鳩の配下に入ったとは言え、本来なら管理者権限がないアプリはブロックされるべき所が、アンタレスの眉間に難なく『龍鱗』が貼り付く。


「くあぁぁぁぁぁぁっっ!」

 突然の外部からのアクセスにアンタレスは、唯一自由になる首を仰け反らせ痙攣する。


 どうやらアンタレスはベガやアルタイルと同じ脆弱性をもったコンピューターの様だ。

 脆弱性の情報については、待ち時間に発見者の書き込みを読んだが、『コイル・ミミック』で擬似的にはあるがコンピューターに負荷をかけ、特定のポートにアクセスという同じ手順で『龍鱗』のインストールが可能だったところをみると、多分7&7s社セブンアンドセブンス社にDoS攻撃を仕掛ける前に同じ手法が通用するかテストでクラッキングしたコンピュータだと思われる。


 と、なるとアンタレスもクラッカーとしてはトカゲの尻尾に過ぎず、その先の遠隔操作を行うクラッカーのコンピュータがあるはずである。

 素早く『龍鱗』を操作して、管理者権限に自分が操作するアカウントを登録してしまう。

 これでアンタレスを使っているクラッカーと同じ権限を持った事になる。


「ひぃんっ!」

 アンタレスの声が一段と大きくなったのを気にせず、うつ伏せで大きく開いた背中のラインに指を這わす。

 メモリを占有しているアプリをチェックして行くと、指先に微かな痺れを残す箇所があるが、手を止めて詳しく調べる事はしない。

 フェノンの処理に負荷がかかっている偽装をしてはいるが、クラッカーにメモリのサーチをしている事を気づかれない様にする為、浅く情報を拾っていく。


 メモリにそれらしき領域があるのはわかったが、悪質なコードが埋め込まれているか、インセクトが仕掛けられているかが分からない。

 地道に、かつ手早く調べていくしかないだろなぁ。


 リボンが巻きついて動けないアンタレスの露出度が高い衣装スーツに手を触れる。

「えっ?なにっ、これ?」

ようやく状況を理解し始めたのか、始めて体験する斑鳩流のアプローチに、脅えた様な声がアンタレスから漏れる。


 指先から伝わる仮想の感覚を最大限に感じとりながら、両手で時間をかけ、かつソフトにストレージにアクセスする。

 ベガの時と同じ悪質なコードの混入を疑ったが、ストレージ内に違和感がなく悪質なコードの混入は無いようだ。


 と、なるとインセクトが仕掛けられている事になるが、何に擬態してるのだろう?

 あまり時間もかけられないし、メモリに負荷もかけられない。


 露出が高い衣装スーツに何か偽装していないか、素肌と衣装スーツとの境界線から中心に指を這わす。

 アンタレスが引きつる様な声をあげるが、気にしない。


 一通り撫で回すが目的の物が見つからず、焦りが出てくる。

 額には『龍鱗』を貼り付けているし、インセクトが擬態してそうなアクセサリー類の小物は見当たらない。

 小物?アクセサリー??


 ……あっ!


 一番可能性が高いところを見逃しているとは、先入観とは恐ろしい。


 アンタレスで一番目に付くアクセサリーである大きなリボンを手を触れてみると、結び目にあたる部分に、指の先にかすかな痺れを残す硬い装着に接触する。


 ようやく見つけた!

 灯台元暗しと言うが、一番目につく部分を見逃していた。


 解析を指示しようとチドリと目が合った瞬間、接触した指の先程度の大きさの球状のオブジェクトが弾かれた様に動きだす。

「えっ?」

「あっ?」

 気づかれたか?

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