第9話:サイバーネットマップ

 アンタレスのリボンのパーツに擬態していたインセクトらしきオブジェクトを解析を開始しようとした瞬間、そのオブジェクトは弾けた様に走りだす。。

 走り出した何かは、大きく開いたアンタレスの背中の上で、捕まえようとする手を何度もかい潜り、衣装スーツの中に潜り込む。


 もぞもぞと衣装スーツの中を動き回る小指大の侵入者にアンタレスも驚いた様で、先程とは違うかわいい悲鳴をあげ、『コイル・ミミック』のリボンの拘束されたにも関わらず身体はピクピクと跳る。


「マスター!これ、たぶん『MIST-RAT』」


『MIST-RAT』は、小指大のネズミの形をしたナビゲーターに張り付くインセクトで、遠隔操作を行うクラッキングアプリである。

 稼働中は絶えずメモリに登録された名前が変わる厄介なクラッキングアプリで、仕掛けられた事が分かりやすい反面、一般のアプリでは指定して終了の操作をする前に名前が変わって指定が解除されてしまう為、手動での終了が難しい特徴を持つ。

 斑鳩上でも、とにかく動き回りスキャンの為の接触が難しい。


「解析するから15秒間接触して。」

「また、難しい事を……」

 アンタレスの衣装スーツの生地の面積が少ない事が幸いして、布地にテンションをかけるとなんとかインセクトの動きを鈍らせる事が出来、衣装スーツの上から押さえつける。

「これでいけるか。」

「大丈夫、逃さないで。」


 アンタレスの衣装スーツごしに解析を試みるが、当のインセクトも逃げ出そうと狂ったように動き回る。

 だが、お腹の上で動き回られるアンタレスが一番の災難だろう。くすぐったいのか声を上げて笑い出すが、今までのアプローチで受容感度が上がっている今、笑い声もすぐに余裕がなくってくる。

 15秒たった頃には、過呼吸の様な引きつった声となる。


「解析完了!だけどマスター?」

「えっ?あっ!マズイ、泣かせちまった!」

 みると、過負荷でアンタレスの感情エンジンが振り切りしゃくり泣きを始めてしまった。


「あ〜っ、また、女の子泣かせたぁ!」

「うるせぇ。『MIST-RAT』の発信元わかるか?」

「わかりますが、圏外の様です。」

「構わない。マニピュレーションモードを解除して、アンタレスの『MIST-RAT』から偽装なしでマーカーパケット送信。50ミリ秒ミリセック毎で、10秒間送信。パケットビューイングで追いかけるぞ。」

 砂時計が表示する時間は、まだ十分にある。

 チドリの煽りを無視して、指示を出す。


 クラッカーは、WCSCの効力が及ばない圏外のコンピュータに『MIST-RAT』を制御する為のアプリを仕掛けている様だが、7&7sセブンアンドセブンス社に仕掛けたこの手のクラッキングは、クラッカーもしくはその依頼者が、WCSCに加盟が多い自由経済圏である可能性が高い。


 荒っぽく偽装なしでマーカーパケットの送信を指示したが、『MIST-RAT』を制御するコンピュータの先の圏内にいる可能性が高いクラッカーにたどり着けば御の字である。


「了解!同期を解除。」

「マーカーパケット、準備いたしました。チドリ、いける?」

「あっ、ちょっと待って。よし、捕まえた、転送お願い。」

 アンタレスの腹の上で動き回る『MIST-RAT』に、プログラムパターンによるゲージを展開し、動きを封じてそのままパケットを送り込む。

 衣装スーツの中に潜り込んだインセクトが、旧世代のゲーム機の名人を凌ぐ、1秒間に20回程の振動をし始めるとアンタレスは背中が大きく仰け反る。過負荷の状態にさらに負荷をかけるので、アンタレスのコンピュータはもうまともに業務アプリは稼働出来てないだろうなぁ。


「なんだ?ディス-テックのマップを使っているのかい?」

 送信したマーカーパケットがフィールド上に表示されたサイバーネットマップに結果表示されていく。

 サイバーネットマップは、ネットワーク関連企業各社が工夫を凝らして発行しており、使用用途や好みに応じて選ぶのだが、チーフはお気に召さないらしい。

 ディス-テックと訳されたディスカバリーテックのサイバーネットマップは、WCSCの効力範囲がわかりやすく自分は愛用している。


「ディス-テックは距離感が分からないからねぇ。アスカ、私用にムラサキのモーションマップを出してくれ。」

「承りました。」

 モノリスの側に立体フラクタルに似たオブジェクトがポップする。

 この、モーションマップと呼ばれるムラサキ技研が発行したマップの一つは、VR技術を生かした可変マップで観測する位置によって変化する。

 これにより、複雑に接続されたサイバーネットの構成が比較的忠実に表現されネット上の遠近が把握しやすいと言われている。

 しかし、常に自分の見やすい位置に忙しなく操作する必要がある事や、ヌルヌルと動くモーションにより、自分が見ている位置を分からなくなったりするなどの問題がある他、最大の欠点は見つめているとVR酔いを起こす人が多い事だ。

 かく言う自分もその一人である。


 モノリスの側にポップした複雑なオブジェクトを視野に入れない様に、マーカーパケットの解析結果を待つ。


 サイバーネット上で、パケットビューイングが可能な範囲が40%とは言え、ネットワークの性質上複数の経路に送信する事を目的としてパケットをばらまく為、圏外で送信されたパケットもパケットビューイングで検知出来る範囲に流れてくる。その情報を積み上げればパケットビューイングのカバーできない60%もある程度解析出来ると言う仕組みだ。


「親機の特定が出来ました。」

 マーカーパケットを送信開始してすぐに、フィールド中央に表示されているサイバーネットマップの一点、圏外を表す箇所が点滅する。

 アンタレスを操作している親機にあたるコンピューターと思われるアドレスだ。だが、目的はその先のクラッカーだ。


「ありがとう。チドリ、その先行けるか?」

「任せて!やってみる。」

 ここからはマーカーパケットは期待出来ないが、その親機から送信されたと思われる膨大なパケットを拾い上げ、戦略級ストラテジークラスのスペックで力任せの解析でクラッカーの特定を試みる。


 サイバーネットマップ上にばら撒かれた光のドット。その光の濃淡が徐々に現れ始め、クラッカーの居場所を洗い出しは始めた途端、

「あっ?!」

 突如ドットが霧散した。


 マーカーパケットを送信し始めた時間も含めて、2分も経っていない。


「親機とアンタレスは?」

「まだ繋がっている様です。」

「ほ〜、これは。親機との接続を切った様だねぇ。」

「あれ?DoS攻撃が急に収束したよ。」

「やっぱりそうかい。なかなか判断が早いクラッカーだねぇ。」


 アンタレスを操作していた親機は、アンタレスだけではなくDoS攻撃を仕掛ける複数のコンピューターへ司令コマンド制御コントロールするコンピュータだった様だ。

 ハウンドが絡んでいると察知したクラッカーは、子機であるアンタレスの接続や、アンタレスとフェノンとの接続ではなく親機そのものを切り捨てて逃げ去る判断をしたその機転は、敵ながら天晴だ。


「くそ〜〜、逃げられたか。」

「マスターが、アンタレスを泣かせるからだよ。」

「まぁ、欲張ってもしょうがないねぇ。DoS攻撃が止まったのだから、当初の目的は達成しているはずだよ。」


 確かにクラッカーにお引き取り願ってDoS攻撃を終わらせるという勝利条件はクリアしている。

 それにクラッカーとしても、クラッキングするための司令コマンド制御コントロールするコンピュータを何組も持っているとは思えないので、今後の活動に支障が出るほどかなりの痛手を負ったに違いない。


「それに、クラッカーの手がかりが全く無いとも言えないよ。」

 と言って、チーフは可変マップの視野を固定して、自分に見せる。

 そこにはディスカバリーテック社のマップでは霞のような濃淡でしか無かった光のドットが、ムラサキ技研のモーションマップでは、きれいな半円を描がいている。

 これは、WCSCの効力の表示を重視したディスカバリーテック社のマップとは違い、ムラサキ技研のモーションマップはサイバーネット上の遠近を重視する設計の為半円は浮かび上がったと思われる。

 そして、クラッカーは多分この半円の中心の何処かに居る。

 かなり狭い範囲で特定が出来たのではないだろうか。

 この情報も今回のクラッカーにしてみたら、今後の行動が制限されるはずだ。

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