第10話:チャーチ・グリム

「さて、今回のクラッカーの行動パターンからこの後仕掛けてくる可能性が少ないと思うし、深夜も遅くなったので、私はこの辺で退散するなよ。」

「ありがとう、助かった。」

「いや、礼には及ばないよ。キミがクライアントに提出するレポートを書く必要があるのは知ってはいるが、今回の脆弱性について使われた側と使った立場で、レポートを書いてくれまいか。かの脆弱性の発見者が出来るだけ情報が欲しいと言っていてねぇ。」

「それが情報提供の条件だったんだな。」

「その通り。忘れずに早めに頼むよ。後、早めにアンタレスとその親機について申請をあげて、WCSCに担当を引き継ぐ事を勧めるよ。」

 確かにアーティファクトに拘束され、今も感情エンジンが振り切ってしゃくり泣きをしているアンタレスも放置出来ない。


「マスター、ハウンドの報告も忘れない様にお願いします。」

 あ〜、頭痛くなって来た。


「さらに手を煩わせて申し訳ないが、クライアントの要望で、デネブがクラッキングツールに感染していないか調べて欲しいらしい。」

「えっ?なにそれ?聞いてない。」

「マーちゃんの営業活動の結果だよ。決済システムの早期復帰に当たって、感染していない確証が欲しいらしい。クラッカーを撃退した電脳技師ウィザードが対応するとの条件で、こちらの言い値で受けてくれたらしいねぇ。よかったな。手当ては十分につくよ。」

「手当てより、書く報告書の数を減らして欲しい……」

「うむ、アルタイルのクラッキングツールの事前捜索も受注したみたいだから、一緒に仕上げれば検査報告書は一つで済むぞ。まぁ、デネブが復帰しないとチドリが解放されないからねぇ。」


 モノリスからの空気を感じて視線を移せば、デネブがチドリに向かって、「お願いします、御姉様」とか頬を染めつつ頭を下げている。

 もうやる気かよ。

 チドリの両手を操作するのは、自分だぞ……


「後アドバイスをすると、マーちゃんが朝の10時まで当番だから、それまでに彼に渡せば引き継ぎが無い分話が早いぞ。頑張ってくれ。」

 ログから自動的に報告書作成するアプリが使えない元凶が、他人事でいやがる。

 今度絶対泣かせててやる。


「まぁ、時間はそれなりにあるから、アルタイルとデネブに対してやり過ぎない様にやり繰りしたまえ。しかし、久々に現場を実際に立ち会ったけど、いや〜、さすが“墓場の番犬チャーチ・グリム”。健在だねぇ。」

「うっ……」


 ……“墓場の番犬チャーチ・グリム

 そう、そのオカルトネタでそう呼ばれる存在が実は自分であったりする。


 元は、『ハウンドの中に、泣き女バンシーを伴った“墓場の番犬チャーチ・グリム”がいる』と、クラッカー達の書き込みだ。

 コンピュータから意味不明のすすり泣きが聞こえたら、ハウンドが関わっているから手を引いた方が良いと言う内容らしい。


 これは斑鳩を使った活動で、ベガやアンタレスの様にAIナビゲーターの感情エンジン振り切ってしまうと、システムが停止してすすり泣きになってしまう。

 この状態になるとなぜか高い確率でナビゲーターの泣き声が外部出力されてしまうらしい。

 つまり斑鳩の仕様上、どうしても発生してしまう事故である。

 確かにすすり泣きを聞いたであろうクラッカーで何名かは、サイバーネットよりご退場頂いているだけで、決して死んだ訳ではない。


 この書き込みが一般の人の目に触れて、尾びれ背びれが付いた挙句、立派な都市伝説に成長してしまった訳で、他人からの評価はともかく自分にしてみたら、クラッカーに気づかれない様に対応すべきハウンドの活動がバレてしまっている上に広まってしまった、甚だ不名誉な二つ名なのである。


 今回のクラッカーは、この格言を忠実に従って撤退したに違いない。


「さて、クライアントへの一次報告くらいは私がしておこう。アスカとチドリ、近い内にメンテナンスにいくよ。」

「うん、了解」「承りました。よろしくお願いします。」


 そう言い残すと、助けてもらった以上に仕事を積み上げてモノリスは、VRフィールドからログアウトしていった。

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