第11話:午後10時の作業開始

 ストレージは問題なし

 ………………………………マスター

 ユーザーアカウントは標準で、おかしなアカウントはなし

 ……………マスター

 ゴスペルのデータを探るが、特に指先に引っかりはなし

 ……マスター

 スプリクトも何か仕掛けた形跡はなし

「マスターっっ!」


 っっと、のめりこみ過ぎた。

「おおっ、こっちに帰って来ましたね。もうそろそろやめないと、コノ子泣いちゃいますよ。」


 チドリの腕の中で、半分べそをかいているファイヤをみて、やりすぎた感が否めない。

 コンピュータのリソースの負荷は、ガイドモニターで見ることが出来るのに、感情エンジンのモニターは未だに実装されないのは、開発者であるチーフの職務怠慢か、それとも難しいのだろうか?


「それに、まーくんから連絡があり、アースに接続をしました。」

「危ない危ない、タイミング的に取り逃すところだった。」


 多分処理的には一瞬だと思うが、動作状況を自分で確認出来るタイミングに帰れてよかった。

 クロックウィンドウを見ると、22時5分。

“ミラー”と命名したチドリの中に作った仮想マシンVMで、社長さんカガミのオーナーには作業をしてもらっている。

 思ったよりも早く操作をしてもらっている様だ。


 半べそのファイアの負荷状況から、負荷分散装置ロードバランサーは間違いなくウォーターに処理を降るはずだ。


「よし、まーくんに作業を続けてもらう様に連絡を返してくれ。」

「承りました。」

 早速、チドリとのマニピュレーションモードを解除して観察に集中する。


 ミラーの状況をモニターするウィンドウをVRフィールドで4人が見つめる中、社長さんカガミのオーナーが操作を開始した。


『ログイン』、『メニュー選択』、『日付入力』、『区分入力』、そして『実行』。


 VRフィールド上にアンカーしてあるウォーターが操作する複数のウィンドウが、猛烈な勢いでスクロールを始める。

 どうやらこちらの思惑通り、負荷分散装置ロードバランサーはウォーターに処理が割り振った様だ。


 これでウォーターがおかしなデータを作らなければ、ファイヤと比較しながら自分がマニピュレーションモードによるシステムチェックをする事になる。


 自分達が見つめるウォーターの手元に、グルグルと光の粒ドットが渦巻き、下の方から転送用のデータクリスタルが形成されていく。

 徐々に形成されていくクリスタルは、本来なら澄んだ透明なオブジェクトのはずが、

 何か不純物、異物が中に入っている。


 そのクリスタルに埋まっている異物をよく見ると、八肢を小さく折りたたんだ子蜘蛛である。


「アスカ!アンカーをミラーに変更!」

 自分が指示を出した同じタイミングで、ウォーターが作ったクリスタルが下の方から何かに吸い込まれる様に形を崩し、消滅してゆく転送モーションがはじまる。

 アース経由でデータクリスタルをミラーに送信したのだろう。


「承りました。」

 アスカの返事と共にVRフィールドの中央には、ウォーターとファイヤに代わりに萌葱色の裾をミニ・スカートの様に限界まで短くした浴衣の様なライトなデザインの衣装スーツのナビゲーターが出現する。

 チドリの仮想マシンVMであるミラーである。

 チドリの分身だけ有って顔立ちはチドリにそっくりだが、スペックは個人使いパーソナルユースである為、頭一つ分低く身体のメリハリも少しおさえられた容姿である。


 ミラーの手元にはウォーターから受け取った子蜘蛛入りのデータクリスタル。

 そのデータクリスタルが弾け、

 ……そして、一つのウィンドウとなる。


 どうやら、そのウィンドウは問い合わせに行った発注システムからの、結果表示の様である。


「あれ?蜘蛛は?」

 大蜘蛛が現れると想像していたであろうイズミちゃんが、唖然としたそれでいてホッとした様な声をあげる。


「チドリ、どうだ?」

「うん、送られてきたデータ中に無関係なプログラムが入っていたよ。」

 自分の問いかけにミラーが答える。

 ミラーの腰を見るとシンプルなワンドをぶら下げている所をみると、チドリの自我をミラーに移した様だ。


「アースから送られてきた発注システムの問合せ結果の画面表示する一瞬に、サイバーネット上の他のコンピュータに問合せをかけていたよ。」

 一部の箇所を赤文字にしたプログラムソースを表示したウィンドウを一枚表示してミラーであるチドリは説明する。


「けど、『モルモット』の機能でブロックかけているから、その問合せ先のコンピュータには接続出来なくて、処理は消滅したけど、何かデータが有った場合は拾ってきて起動する様になっているみたい。」


 この時点で一つ判ったのは、クライアントの発注システムには不正な何かが仕掛けられており、条件が揃わなければ一瞬で消えると言うこと。

 そして、問題の仕掛けはWebシステムアースではなく、データベースシステムウォーターに仕掛けられていた事である。


 『モルモット』の機能で外部へのアクセスは遮断したので、問い合わせ先のコンピュータにどんなデータがセットされているかはわからないが、問題を起こすであろうプログラムソースも抑えたので、後はクライアントがシステムを開発したベンダーに依頼して、ウォーターを解析して貰えれば多分クラッキングされた証拠が出てくるはずである。


「ひとまず終了ね。」

 その場をまとめるかの様にイズミちゃんが発言するが、自分としては幾つか気になる点があり、もう少し突っ込みたい。


「チドリ、仕掛けられていたプログラムが見に行っていたコンピュータは圏内か?」

「いいや、圏外。だけど、無関係ではない所よ。」

「ひょっとして、“アンタレス”の親機があったところか?」

「ご名答。」


 以前の案件でクラッカーが不正な遠隔操作をかけてきた司令コマンド制御コントロールするコンピュータが有った団体が管理している同じ所らしい。

 あの案件の際は、WCSCでも圏外と言う事で特に動きはなかった様だが、チーフとの会話で管理経済圏の国営企業ではないかと、勝手に推察している。

 しかし、なにやらきな臭い事を多角的にやっている様だ。


「ねぇ、イズミちゃん、もう少し突っ込んで調べてみたくない?」

「えっ?」

「アスカ、C…いや、B様式の申請書を用意してくれ。」

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