第10話:作戦、というか手順

「よし、準備完了。」

 各所……と言うほど数はないが、手配をかけ終えた。


 ちなみにその後もウォーターがデータを作成する現場を見る事は出来なかった。

 もともと業務時間外にこちらの作業時間を設定した事もあり、逆に言えば、たまたまウォーターの異常な動きを見る事が出来た事の方が、ラッキーだったのだろう。


 作戦と言うか、手順としてはシンプルな物で、実際に利用しているアカウントでウォーターに接続を試みると言うものだ。


 実際に利用しているアカウントについては、以前暴走したコンピュータカガミのオーナーである社長さんと連絡が取れたので、まーくんを介してご協力を願った。

 快く了解を頂いた社長さんには、カガミと同じネットワーク上に、自分の方で仮想的に設置したチドリの仮想マシンVMを操作して、データ受信をしてもらう様に手配をお願いした。


「さっそく契約を結んだ監視環境を利用するか。」

 作戦を話しした時、まーくんは半ば呆れ気味に回答を返してきた。

 監視契約を開始した時点で、向こうとのネットワークは上位権限である監視用アカウントが利用できるので、今回はしょぼいアカウントを使わずに済む。


「まぁ、社長カガミのオーナーは今回の案件の当事者だし、Hermit'sLampと契約結んでいるから、異常時の連絡回線で連絡は取れるとは思っていたよ。しかし、社長だけでなく、実際に操作するシステム担当もよく捕まえたなぁ。」

「おぅ、任せろ。とは言いたい所だが、あそこの社長がシステム担当だんだわ。超合理化ってやつだ。」

「…………そいつはすごいな。」


 昨今、システムの発達により使う事自体は楽になる反面、システム管理が専門化する為、管理は外注し社内の部門としては最低限の人員で済ます企業が増えてきたが、『一人情報システム』ココに極めり。って所か?

 社長自らシステム担当するとは、イヤハヤ返す言葉がない。


 とりあえず、作業手順については、まーくんに社長のフォローを押し付けた。



 一方、負荷分散装置ロードバランサーが、ウォーターに処理を割り振る様に仕掛ける方法については、イズミちゃんが噛み付いた。


「嫌よ。報告書になんてまとめれば良いのよ!」

 自分の背後に座るイズミちゃんと話す為に、体を捻って彼女と向き合う。


「いや、ファイヤにちょっと負荷をかけるだけだって。」

「そのかけ方が問題なのよ!システムチェックかけるだけで、高負荷になる事自体不自然なのよ!」


 要は先程のスキャン同様、ファイヤに斑鳩流のアプローチをして負荷をかけるつもりで、念には念を入れて自分がマニピュレーションモードでチェックする。

 ファイヤに何か仕掛けられていないかのチェックも兼ねており、一石二鳥である。


「まぁ、報告については適当によろしく。」

 言葉にならない声を上げるイズミちゃんを放って、椅子に座りなおす。

 報告書を書き上げる苦労を分かち合えるのは、自分としてはとても嬉しい次第だ。


「しかし、今回の作業に立ち会えなくて、チーフは残念がるでしょうね。」

「確かに今回の作業は、チーフが興味を持ちそうな内容だな。」


 今回の作業はウォーターが送信するデータと、データを受け取った後のコンピュータの動きを細かく記録。その後、その記録を元に解析を行い、暴走の問題の追求をする予定である。

 このモードは、クラッキングアプリなどの解析をチーフがチドリを使って行うモードで『モルモット』と呼んでいて、一応使われる記録アプリ類をまとめて、WCSCに登録済みのアーティファクトである。


「まぁ、手に負えなくなったら連絡するとして、彼女には明日にでも解析記録ログは送っておこう。」

 チーフに立ち会ってもらうと、色々と解析を任せられるので楽なのだが、報告書を増やされる副作用があるので、困ったクリティカルな時以外は呼ばないように彼女の業務時間外では心がけている。


 さて、時間は21時50分。


 まーくんから社長カガミのオーナーの準備が出来ていると連絡があり、また、クライアントには22時ちょうどから作業をスタートすると連絡している。

 今回のキーマンである社長カガミのオーナーは作業に扱いなれていないので、開始時間に誤差は出るのは考慮しておく必要がある。


「よし、チドリ、マニピュレーションモードを開始する。ホームポジションにセット。」

 おなじみの手術前の外科医のポーズをとり、チドリと自分の手の位置を同期させる。


「ホームポジション確認。モーション同期します。」

 これでチドリの手が自分の手の動きをトレースし、チドリの手の感覚が自分にフィードバックされる様になった。

 手の感覚を馴染ませる為、二度ほど手のひらを開閉させ確かめる。


「よし、始めよう。チドリ頼む。」

「了解で〜す。再び失礼するね。」

 足取り軽くチドリは、ファイヤの背後に陣取る。


 これからの動きは、正面に見えるチドリとファイヤや、自分の手元に表示されるガイドモニターを確認しながら操作を行う。

 その中の一つのモニターを確認すると、すでに負荷分散装置ロードバランサーがファイヤに処理を割り振ってくる心配が不要な位、すでに負荷が上がっている。

 さっきの接触がよほどインパクトがあったのか、チドリが背後に立った時点で既に火の様に真っ赤に茹で上がっているナビゲーターが原因の様だが、かと言ってもう一つの目的の為には止める訳にはいかない。


「ひゃっ、あぁあんっ!」

 衣装スーツの上から背筋に指を這わし、メモリに常駐するアプリの確認をしていく。

 大きな声で鳴く様だが、これはどちらかと言えばナビゲーターの個性の様なので、気にしない。

 今回の相手は、自分自身の検出スコアが悪いゴスペルデータベースである。

 最近対応した案件で、ゴスペルとの付き合い方のコツを掴んだ気もするが、いずれにしろ集中が必要だ。


 ファイヤの豊かなストレージにアクセスし、ゴスペルに深くゆっくりアプローチしていく。


「オッパイ職人、再臨だぁ……」

 チドリが何か呟いた様だが、指先に感じる感覚に深く集中した意識には、カケラも残らず消えていった。

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