Report.4

第1話:プロローグ

 “Hermit's Lamp”社のオペレータールーム。


 監視契約する企業が世界各地に設置するコンピュータやシステムの稼働状況をモニターする、言わばここは“Hermit's Lamp”社の心臓部。

 外からの採光で明るい南向きのオフィスから、アクリルパネル一枚隔てられた場所がその部屋はある。


 照明が抑えられた広い空間の一画の壁と中央には、シアタールームさながらの大きなホロビジョンが投射され、刻々と更新される監視対象の情報が表示される。

 そのホロビジョンを取り囲む様に操作盤コンソールが配置され、常時2人から3人の三交代でシフトが組まれ、24時間体制で監視にあたる。


 その中央のホロビジョンに、警告音と共に黄色いフレームの情報ウィンドウがホップする。


「あ〜、またかよ。今日は多いなぁ。」

「さっきは落雷でその前はありもしないプリンターので紙詰まりでしたけど、今度は何です?」

「オフィスのコンピュータが、室温68度を検出したらしい。」

 情報ウィンドの詳細を読んだ古参のオペレーターが苦笑しながら、アクリル板越しに人の行き交うオフィスを覗く。


「オフィスを見た限り、サウナになってないな。」

「華氏かもしれませんよ。」

「華氏の68度って、摂氏だと何度だ?」

「知らないです。しかし、今日は誤検知多いですね。まあ、全てオフィス関連のアラートなのは、不幸中の幸いですね。」

 もう一人の女性オペレーターが、コンソールを操作しながら答える。

 今の所、軽微な内容な上、自分の目で確認出来るオフィスで発生したアラートであるが、これが契約している企業の場合、例え誤検知でも対象の企業に問合せするなど、煩雑な手続きが発生する。

 ただ、今は発生していないが、今後契約企業のアラートが発生する可能性もある。

 しかし、ここまで細かいアラートが表示される設定だったかどうか、記憶が怪しい。


「“メカリ”の調子、チーフにみてもらうか。」

 “Hermit's Lamp”社の基幹業務と言える監視システムは『メカリ』と呼ばれ、自社で独自に構築されている。

 監視対象は、契約企業のコンピュータやシステムだけでなく、“Hermit's Lamp”社が所有するシステムも対象としている。


 オフィスを見ていたオペレーターが、オペレーションルームにほど近い開発部門のブースを覗くが、白衣姿の小柄な人物は見当たらない。


「女史は今日は午後から出勤ですよ。」

 コンソールを操作していた女性オペレーターが、社内の予定表を確認したらしい。


 どうりで『電子要塞』とオフィスで揶揄されるチーフが使うコンピュータのモニターが消えているのも頷ける。


 視線をオペレーションルームに戻そうとしたその時、珍しい人物がオフィスに居る事に気付く。

「おっ?この時間にグリムが居るぞ。何かあったか??」


 今は“Hermit's Lamp”社専属のネットハウンドをしている異色の経歴を持つ同僚が、この午前の時間帯に居るのは、夜勤明け位である。

 それで無ければ、変わり者のチーフに呼ばれた位しか思いつかない。


 表示した予定表をさらに検索をかけなおした女性オペレーターが、ちらりとコンソールから顔をあげて、オフィスの様子を確かめる。

「今日は限定オフみたいです。去年入った新人を連れてお出かけの様です。」

「チーフも居ないからおかしいと思ったが、そう言う事か。」

「彼にメカリの様子を見てもらいます?」

 ハウンドの彼は、システム診断も出来たはずだ。


「いや、クラッキング食らっている訳じゃないから、関係ないだろう。チーフが来るまで、アラート表示のレベルを変更しとこう。」

 深夜ならともかく、数時間でチーフは出社して来るはずだ。


「オッケーです。軽微な情報はカットで。」

「オフィスのみに範囲を限定するのを忘れるなよ。」

「解ってますって。『“メカリ”、設定コンフィングを変更。アラート表示レベルをオフィス関連の軽微なのを限定して、非表示に設定。』」


『ハイ、警告表示設定を変更。オフィスに関する情報の内、レベル“軽微”に限り、非表示に致します。よろしいでしょうか。』

「オッケー、変更して。」

『変更致しました。詳細はモニターをご確認下さい。』

「ありがとう。」

『お役に立てて幸いです。』

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