第14話:三者会談

「おぅ、『グリム』。ちょっと待て。」


 ネオン街をひとつ通りに入った、寂れたバー。


 って、事は無く、ここはとある立ち飲み屋。

 観光スポットにもなっている線路脇に沿う様に立ち並ぶ商店街で、自宅とオフィスのちょうど中間地点にある。

 メインの通りを一つ入ると、日中から店を開けている飲み屋があり、完全オフの自分と、当番で北米時間を対応して帰宅前のまーくんと落ち合って、日の高いうちからアルコールを飲んでいる。

 ここに何故か業務時間帯のチーフが居て、自分たちと同じ様なものを飲んでいるが、自分達が欲しい情報は彼女が持っているので、ツッコミは入れることは無い。


「皿を下げてもらうから、食べたきゃさっさと摘んでしまえ。でなきゃ自分が食っちまうぞ。」

 頼んだしめ鯖の数少ない残りについて、取り合いをするオッサンズ。


「で、マルゴサークル・ファイブの件はどうなったのよ。」

 前回話しが大きくなり過ぎた『サークル・ファイブ』社の顛末について、表向きでは言えない情報の交換会である。

 徹夜明けのまーくんを考慮して、立ち飲み屋での会談である。


「おぅ、グリムの見立ての様に、2台構成のデータベースシステムの1台に、本来あるべきではない処理が入っていて、それが暴走を促していた様だな。今は復旧している。復旧作業中は片肺だったが、1台使えたのが幸いだったようだな。」

「それは良かった。」

「ただ、仕掛けたクラッカーが不明。グリムが気づいた時間帯を中心に調査してみたら、メンテナンスが入って居たのは間違いない。その対応したSEが怪しいが、メンテナンスも今の時代、ほとんどオンラインでやっているし、人の入れ替わりも激しいから辞めた技術者が時間を合わせて別の経路から侵入した可能性もある。結局追っかけられないかもなぁ。」


 このような事が起こると、どんどん仕組みが複雑化していき、管理が大変になってくる。

 発注システムに接続していた取引会社への保証も問題になって来るだろう。


「で、WCSCはどうなんだ。」

 あの後、広域にまたがるマイニングの問題について、WCSCには報告は終わっている。

「もともと圏外だから、公には動きはないなぁ。あれ以降、問題のコンピュータ聖域にPING弾いているが、閉鎖された様子はない。」

「それについては、WCSCも報告を受けて現状起きている事を把握したみたいだねぇ。最近マスコミでコンピュータの暴走で話題になっているのは、WCSCの働きかけだとおもうよ。ただ、被害がわかりにくいから、全容は時間がかかるだろうなぁ。」

 なるほど、手を出せない所だから、啓蒙に勤しんでいる訳だ。


「しかし、気になるのは組み込まれていた軌道計算の公式だねぇ。公開非公開に関わらず、計算の論理には特徴がある。何処の論文を参考にしたかとか、何処のマイニングアプリを参考にしたかとか、公式による解の求め方である程度推測がつくのだけど、今回のは全く判らない。専門家に鑑定をお願いしようと思っているが、全く新しい理論の可能性があるねぇ。」

「そうなんだ。」

「一つ言えるのは、今回のマイニングアプリには、その道の専門家か組織が関わっているのは、間違いないねぇ。」

 ……嫌な話聞いてしまった。


「マイニング口座の閉鎖ってのはどうなんだ。」

「周到な事に、プログラム本体に登録されているマイニングのアカウントは、毎回違うらしいねぇ。複数の口座を持って使い分けている様だよ。とりあえず、機構の方でも把握したみたいだから、奴が何らかの対策を打つと思うねぇ。」


 機構とは、衛星軌道上を飛ぶ氷塊を管理する団体の事で、要はマイニングの元締めである。

 機構に3人の共通の知り合いがいて、多分この件について忙殺されているに違いない。


「しかし、なんで今回呼んでくれなかったのかねぇ。報告書を読んだが、なかなか楽しかった様じゃないか。えっ?わたしゃ、さみしいねぇ。お前ら二人でお楽しみって訳かい。男の友情。いいねぇ!」


 ケラケラと笑いだしてちょっとチーフの様子がおかしい。


「あっ〜〜!こいつ、俺のホッピー間違えて口つけてやがる。」

「おっ?チーフって、ザルじゃないのか?」

「ビール、日本酒、ウィスキーはなんでもOKだが、焼酎だけはなぜかダメ。あぁ、足元が怪しいぞ。」

「おぅ、連れて帰れ。足代はこっち営業で持つわ。」


 一通り飲み食いして、立ち飲み屋で長居するつもりはなく、情報も出し合ったのでここでお開きにする頃合いだ。


「手伝ってくれないのか。」

「夜勤明けの俺は眠い。」

 確かにそうだが、酔っぱらいのチーフを一人で見るのは、なんか納得いかない。


「おぅ、日付は気にしないから、タクシー使えや。じゃあな。」

 自分たちの関係を知ってか知らぬか、意味深な言葉を吐いて、千円札を2枚置いてさっさと帰るまーくん。


 ケラケラと笑い上戸のチーフを見ていると、どうでも良くなってくる気がしてくるのは、不思議である。

 酔っぱらいは小柄なので、なんとかなるでしょう。


「じゃあ行きますか。お嬢様。マスター!勘定っ!」

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