第5話:プロテクター着用

「………あれだね。」

「………あれですね。」

「………まぁ、あれだな。」

 解析された場所に移動した先で見たコンピューターの様子に自分だけでなくAIである2人も言葉を失う。


「……この子、確か先月発売されたばかりの個人使いパーソナルユースですね。拡張次第では業務級ビジネスクラスと同等までのスペックアップ出来ると話題になっていたかと思います。」

「まぁ、一か月も経たない内に、よくここまで……。」


 企業で使われるタイプのコンピューターはビジネスモデルであるためか、ナビゲーターは大概会社で支給される制服をイメージする衣装スーツを来ている事が多いが、コンピューターのモデルや使い方によっては例外もある。

 ディジーと名付けたショートヘアーのナビゲーターは、ランジェリーと言っても過言ではない過激なキャミソールの様な衣装スーツを着ているだけではなく、腰に擬態すらしていないメカニカルなネズミの様なインセクトが貼り付けている。


 余分なアプリがリソースの専有している事による高負荷の為か、膝が笑いながらも立ってタスクを処理をしているのは、さすがと言うべきか。この様な状態になる時点でかなり問題のある使い方をしているのは間違いない。

「がっつりマルウェアか何かを仕込まれているなぁ。ここまであからさまだと、通常使っていても支障が出ているはずだが??」

 多分モニターとかに、頻繁に広告がポップアップしているはずだ。


「個人使いとは言え、開発者ディベロッパーモデルでもありますし、何かの試験とか……」

 喋るアスカの語尾が小さくなっていく。クラックされかけていたクラリスへのデータ中継をしている以上、その可能性はない。


「チドリ、とりあえずディジーのインセクトのログの解析ね。念の為プロテクターを着用。ログはアクセスを中心に調べて。多少荒っぽい事をやってもかまわない。あと、アスカはディジーの設置場所を特定出来る?」

 二人のナビゲーターに矢継ぎ早に指示を出していく。


 他のコンピューターに直接アクセスするチドリには、元々何重にも対策はかけてあるしインセクトも感染力が強そう攻撃的ではないが、念には念をいれて感染しない様にプロテクトを掛けて接触する様に指示をする。頷いたチドリの両手に幾何学模様の光がまとい、肘まで覆う白の絹の様な手袋が装着される。このプロテクターを着用するとマニピュレーションモードが使えなくなるので、チドリの解析のみになるが、今回は問題無いだろう。


「事務所の簡単な配線図は頂いていますので、ネットワークの位置から照合すれば特定出来ると思います。」

「用意が良いクライアントだなぁ。了解、頼む。」

 アスカからの報告に首をかしげる。守秘義務契約を結んでいるとは言え、事務所の間取りが判るものなど防犯上の理由から、普通は出てこない情報だ。クライアントからの何かしらの意図があるのかもしれない。


「こっちもいくね。失礼しま〜す。」

 ディジーの背後に移動したチドリは、ほぼ素肌が透けて見えている衣装スーツの上からディジーの腹部に両手でタッチする。ここまで透けるとセキュリティレベルがかなり下がっており、スーパーバイザーでなくともアクセスが可能だ。

「んっっ!……、くんっ!」

 新たな刺激に驚くディジーに気にもせず、そのままチドリの右手が張り付くインセクトに移動。スキャンを開始した瞬間、インセクトが活性化し牙を剥き威嚇する。


「あ〜〜、やっぱり『Marionette-RAT』だぁ。しかも絶賛稼働中。」

 メカニカルなネズミの様な形状でディジーの腰に張り付く『Marionette-RAT』は、トロイの木馬に一つにあたるマルウェアで、インストールされると外部ネットワークからでも不正な遠隔操作する事が可能となる。このマルウェアは裏ネットでソースが公開されており、ネットワーク上の様々なアプリに擬装されて存在する。この為感染の報告が多いマルウェアの一つに挙げられるが、プログラムのサイズが大きくなる傾向にある為秘匿には向かず、その分各種対策も取られている。


「VR動画再生アプリに組み込まれているみたいだね。ご丁寧にウィルス対策アプリをカットする機能付き。」

 次々とマルウェアの解析結果を報告するチドリ。ディジーの利用者はおおよそネットで無料と銘打ったアプリを知らずにインストールしたに違いない。この手のアプリの怖い所は、利用者が無自覚で入れたものが悪意ある第三者に利用され、なおかつ知らない間に加害者として仕立て挙げられる点だ。

 チドリは威嚇するインセクトを無視をして、ディジーのストレージからログの解析結果も報告する。

「クラリスちゃんとのアクセスの痕跡ログあるね。あっ?『Aphid』の辞書ファイル発見っ!」

「あ〜、ほぼこの端末が中継に使われた事は間違いないな。」

「そうですね。『RAT』からのパケットは外部ネットワークサイバーネットに飛んでるみたいですので、可能性は高いと思われます。それとディジーの設置場所が特定の出来ました。フロア奥の個室になります。」

 アスカがまわしてきたウィンドウの情報に目を落とす。配線図と一緒に明記されている間取りに分析された位置がマーカーされている。

「ふっ!やめっ!あっ」

 一際大きな悲鳴をあげるディジーを見るとチドリが細い眉をしかめて、何かを探る様に細かく指を動かしてディジーにアクセスしている。

「個人ストレージにウィルス未発症キャリア持ちのファイルがあるみたいな……。タイムスタンプが古い?あと、ストレージには碌なファイルがないよ。」

 チドリがスキャンをかけているファイルの一覧をウィンドに表示させると、確かに『素人』だの『恥じらい』だのと、おたくの会社では何を取り扱っていらっしゃるの?と聞きたくなる様なファイル名のムービーデータに混じって、『有価証券報告書』や『役員会資料』と一担当者が扱う物としては、偏ったファイル名も見受けられる。

「けどシステムの閲覧に関して、結構高位のアクセス権を持ってるよ。」

 情報を合わせると個室持ってるし、クライアントの会社の役員かなぁ?


「えっ?やだ、この人今、件の再生アプリでAV鑑賞中だよ。昼休みだからって、会社でこんなの見て何が楽しいの?」

 アア、ソウデスネェ〜、オレニ聞カナイデ欲シイナァ。


 とは言え、ディジーの利用者は怪しいアプリの利用常習犯か?で、使っていたコンピュータを壊したか感染したかで新しいコンピュータ、つまりディジーを貸与されたが、反省なくそれも早速感染させてしまいセキュリティの責任者の逆鱗に触れた。クライアントが用意している資料の準備が良い所を見ると、そう間違ってない気がする。


 残念な事に、ニュース動画を職場で観るのと同じ扱いで成人向けの動画を職場でみる事に躊躇しない輩が相当数いる。暇なのか、隠れてみる事自体に興奮を覚えるのかよくわからないが、その分の通信にネットワークのリソースを喰うし、その様なデータはウィルスなどに感染されている危険性も高い。自分が推察するディジーの利用者オーナーが組織の上の人だとするとかなり危険な状況だ。セキュリティの責任者としては外部機関の報告書という形でお灸を据えたかったのかもしれない。


 となると、自分に期待された仕事の大半は終了となるが、クラリスのクラッキングについてセキュリティの責任者は、把握をしていたかがよく判らない。今回はたまたま高位のシステム権限をもったセキュリティの意識が希薄な役職者が居た為、不幸にもクラッキングが上手く行っただけかもしれない。


「アスカ、ディジーの『RAT』へのアクセスは、外部サイバーネット側からだっけ?社内ネットからの痕跡は?」

「直接サイバーネットからの様です。」

 ……二つ三つ社内のコンピュータを経由しているかと思ったか、外部のクラッカーからだったら偽装が甘いなぁ。

「よし、B様式で法務部にメッセージ。WCSC(WorldCyberSpaceCourt:世界電脳世界裁判所)にハウンドの申請を依頼してくれ。」

 あっ、一応自分はシステム監視サービス会社“Hermit's Lamp”の社員です。

「クラッカーを追っかけるぞ!」

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