Report.2

第1話:斑鳩起動、最終チェック

「待たせたっ!」

 ベッドマウントディスプレイを手早く装着し、VRフィールドで待機している二人のAIナビゲーターに声をかける。

「斑鳩の起動は完了しております。最終チェックはお願い致します。」

「わかった。オフィスの担当者オペレーターから簡単な話は聞いたが、わかっている状況を教えてくれ。チェックしながら聞く。」


 通常なら待機スタンバイモードから復帰した斑鳩のチェックを、外部接続モニターで行うが、今回は時間優先でVRフィールドでおこなう。

 夕食を食べて風呂に入っている途中にオフィスから、監視契約している会社が攻撃されていると連絡があり出動要請があった。いわゆる緊急事態だ。

 斑鳩の状態モニターのウィンドウを表示させ、チェック内容を潰していく。


「承りました。今回のクライアントは、雑貨を主に扱うネット通販の“7&7sセブンアンドセブンス”社になります。指示書によりますと、今より1時間位前からサイバーネットからの決済システムへのアクセス数が急上昇。負荷が耐えきれず3台あるコンピューターの内、1台は停止。もう1台も稼働はしているものの、アクセスに対して反応を返さなくなってます。残り1台は、予備機扱いに付きスペックは低く、稼働は最終手段の様です。」

 腰まである長い黒髪に紫の矢羽模様の振袖に海老茶色の袴、いわゆる海老茶色式部の衣装スーツのアスカは、VRフィールドではいつもの自分の右横の位置にいる。


 もう一人のAIナビゲーターのチドリ。長めのボブカットの彼女の衣装スーツは、浅葱色のグラデーションがかかった和装を思わせる大きな袖と飾り帯で、動き易そうな短い裾のデザイン。そして、腰に下げた戦略級ストラテジークラス最大の特徴であるシンプルなワンドを装備している。定位置の左手斜め前方でウィンドウの一つをポチポチ操作している。

「今、7&7sセブンアンドセブンスのサイトを見ているけど、通販サイトは見ること出来るね。あっ、本当だ。決済が出来ないや。」

 ……ウチのAI殿は、ネットショッピングをしてるのかね?


「指示書にも決済システムのみを狙っているものだと思われると書かれています。イベント前のキャンペーン初日で掻き入れ時期なので、クライアントとしては決済システムを継続稼働させる事を優先で対応願いたいとの事です。クライアント側もシステム担当者が総出で対応中との事で、現場の責任者と思われる方の連絡先も明記されてます。」

「よし、わかった、ありがとう。斑鳩のチェックも完了した。クライアントのネットワークに繋ぐぞ。」

「承りました。VPNのゲストアカウントも発行されていますが、オフィスからクライアントのネットワークへ監視用の専用回線が引かれているので、そちらも使えます。」


 自分も務めている“Hermit's Lamp”社は、システム監視サービスを提供する会社である。その為、安定した監視体制を整える事を目的として、契約している会社のネットワークと専用線を引いているケースもある。7&7sセブンアンドセブンス社は専用線を引いている契約であった様だ。

 なお、今回の接続に関して、サイバーネット側からクライアントのネットワークに接続するVPNは、混み合っている可能性もあるし、今後VPNの認証システムも攻撃対象になる可能性があるので、安定していると思われる監視用の専用回線を使うこととする。


「チドリ、専用回線から入ってくれ。アスカは作業開始をクライアントとオフィスのオペレーターに連絡。」

「あっ、その前にクライアントの法務から、守秘義務契約が来ており、開始前にサインをしてくれとの事ですが……。」

 えらく余裕のある法務部門ですこと。

「何か内容で問題になりそうな箇所あるのか?」

「オンラインでも良いので作業に当たって、クライアント側の社員を一名立ち会わせる様にとあります。」


 はぁ??

 引き抜きなどを避ける事を目的として、ネットハウンドの有資格者の個人に結びつく情報の一切は非公開なのが普通だ。自分の場合ちょっと違い、斑鳩によるオペレーションが恥ずかしいので第三者には見られたくないだけなのだが、それにしても強気な法務様である。

「ウチの法務は何をしてる?」

 時間が時間なだけに、誰も居ない気がするが……。

「先方の法務と項目の削除で交渉中です。接続を待ってくれとの事です。」


 あっ、居たんだ。しかし、契約も大事だが、土壇場でやめてほしいなぁ。確かに決済システムだから、クライアントも神経質になっているのもわかるが、時間だけが無駄に経過していく。もうちょっとゆっくり風呂に入れたかも。


「アスカ、クライアントのシステム担当に連絡。状況を伝えてくれ。」

「あっ、その必要はありません。システム担当からの働きかけで、クライアントの法務も既に締結済みの守秘義務契約で了承した様です。」

 なかなか手回しの良いシステム担当さんの様だ。まぁ、実情としては立ち会いに割いている人員は居ないのかもしれないが。


「わかった。アスカ、クライアントに作業開始の連絡。チドリ、気を取り直して接続するぞ。」

「了解!」

 既に設定済みである監視用回線からの接続は、あっさりしたもので企業のロゴなどの表示はない。

「接続したらすぐに、ブロードキャストを飛ばして全検索。それと同時に3台の決済システムに対してスキャンも実施。名前を、停止したのを『アルタイル』、辛うじて生きているのは『ベガ』。予備機扱いを『デネブ』と命名。スキャン解析や斑鳩による可視化は、3台を優先。ログの記録は二人とも開始してくれ。」

「了解です。」「承りました。」

 二人のAIの手の届く範囲に、いくつものウィンドウがホップアップし、制御を始める。


 クライアントのネットワーク情報や作業対象コンピューターの状態などを、戦略級ストラテジークラスのスペックを持つチドリが収集し解析。解析された情報を元に事業級エンタープライズのアスカが搭載している斑鳩が処理し、VRフィールドに夏の星の名前をつけたコンピュータのAIが、女性の姿として可視化される。


「……やはり、DoSドス攻撃だったな。」

 斑鳩の処理によって現れたのは、パケットが可視化された無数の糸よって絡め取られている三人のナビゲーターの姿だった。

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