第3話:カウントファイブ

「よし、まーくんはまだ説明に手こずっているな。手順はさっき伝えた通り。コマンド生成は出来てるかい?」

「大丈夫出来てるよ。マスター、カウントお願い。」


 手順。

 そう、カガミをサイバーネットから切り離す作戦である。

 カガミの状態を見る限り、何の処理をさせられているかは不明だが、コンピュータに張り付いて暴走させているクラックアプリの所為で、壊れる寸前だと思われる。

 クライアントの意向もあるので、なんとか救いたい。


 多少ネットワークに負荷をかけたり、ちょいとイリーガルな手法をとったりするが、誤魔化せるだろう。

 同じ事をサイバーネット上でやる度胸は無いが、要請を受けて招待されたクライアントの社内ネットワーク内の事。最悪まーくんが頭を下げて、自分が文句を言われれば終わるだけだ。


「よし、カウントファイブで行くぞ。5・4・3・2・1、Go!」

 この瞬間、チドリのVM環境に構築したカガミと同じネットワーク設定をした仮想のコンピュータをクライアントのネットワークに開放。

 この事により、ネットワーク上に重複したアドレスが存在し、一部のネットワーク上の処理が混乱。特にカガミへ送信するパケットが正しく送信されない状態となる。

 この状態から、メインのルーターに働きかけてカガミをネットワークから弾き出す方法もあるが、今回は準備不足と弾き出すことが目的ではないので、そちらは行わない。

 そう、目的はネットワークを混乱させて、カガミへパケットが届かなくする事。その間、約一秒足らず。


 本来なら受け取るべきパケットが届かなくなり、カガミの受信のキャパシティに一瞬余裕が発生すると思われるこのタイミングに、用意したコマンドを送信。

 ネットワークの設定変更、ファイアウォールの設定変更、使っているであろうセキュリティ対策ソフトの検知コマンド、そしてサイバーネットへの接続停止コマンド。

 サイバーネットへの接続を停止させる事が出来るありとあらゆるコマンドを、チドリからカガミに向けてたて続けに送信する。


 そして、異常を検知したクライアントのネットワークが、チドリの仮想コンピュータをネットワークから切り離し、ネットワークが正常になるまで1秒ちょっと。

 この時チドリの仮想コンピュータ上に、ネットワークエラーのメッセージが多分表示されたであろう。

 さて、結果は?


「カガミのポートが開放されました。」

 送ったコマンドのどれかが功を奏したのだろう。

 大量のパケットをサイバーネットの何処からかは判らないが受信し、大きな胴体に打っていた大蜘蛛の脈動が今は停止している。


「チドリ、頼む!」

「まっかせて〜!」

 チドリが豊かな裾がはためかせて、滑る様に大蜘蛛の前に進み出る。

 威嚇をする大蜘蛛をものともせずプロテクターを装着した左手で8つの目を持つ頭部を惑うことなく鷲掴みする。

 チドリの倍はあろうかという巨体の大蜘蛛は暴れてチドリの左手を振りほどこうとするが、持てるリソースがものを言うこの世界。戦略級ストラテジークラスの圧倒的なスペックの前ではそれは叶わない。


「カーネルコネクト完了。メインのプログラム領域を確認。強制停止行きます。」

 大蜘蛛の解析が終了したチドリは振り返りながら、右手のワンドよりオレンジ色に光る刃を展開し、下から上に大蜘蛛の首を切り落とすモーションに入る。


「%&$’%$&%’&(&%’$%&$#&!!!」

 耳障りな断末魔をあげて大蜘蛛の首と胴体が分離する。


 鮮やかな光の軌跡を残して刈り取った大蜘蛛の首級を掴んでいるチドリ。その左手の首級は瞬く間に崩れ落ちてしまう。


「おっと、危ない!」

 大蜘蛛の胴体も同様に崩れ落ちていき、チドリは慌てて戒めより開放されたカガミを抱き支える。


「アスカ?様子は?」

 チドリに支えられ、動きもしないナビゲーターの様子が気になる。

「大丈夫のようです。間に合いましたね。」

「ふ〜、よかった。」


 過負荷をかけられて反応がないが、正規の手順を行えば問題無く復帰するであろう。

 しかし、今回の暴走は愉快犯とも思えないし、コンピュータの破壊してクライアントの業務妨害する事が目的とも思えない。

 そんな事するなら、足がつく可能性があるデータの送受信などをせずに円周率を計算させた方がよっぽど確実だ。


「マスター、こちらをちょっと。」

 アスカが何やらパケット情報の一覧を表示したウィンドウを見せてきた。

「このパケットの一覧は?」

「チドリの仮想コンピュータを重複させた時に受け取ったパケットを整理したリストです。」

「なるほど、ありがとう。」

 そこには見慣れたアドレスが並んでいるが、さてどうしよう?


「おぃ!こらっ!おまえらっ!!」

 一覧の内容を頭の中で整理しようとした瞬間、オープンにしていた内線から大声が響き渡る。


「おお、まーくんどうした?」

「『どうした?』じゃねぇ。一体何した!」

「依頼のコンピュータは解放されたと思うが?」

 何か問題あったのだろうか?


「おぅ、無事使える様なったがな、先方のリテラシー低くて四苦八苦説明してる最中に復帰したらしい。が、騙されんぞ。あんなショボいアカウントでまともな手が打てるはずはない。過激な事をやっただろう?!なんて説明すりゃいいんだ?」

「ショボいってわかっているなら、アカウント受け取るなよ。説明?ピンチはチャンスだよ。わが社の高い技術力をアピールしたまえ。」

「てめえっ、こっちの身にもなりやがれ!……あっ、はい、そうです。はい、確認中です。あっ、少々お待ちください。……てめえら、後でキチンと話を聞かせてもらうからな。」


 まだ、クライアントと電話中の様だ。さすがは営業。切り替えが早い。

 今日の夜勤は、なかなか賑やかになりそうだ。



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