第2話:今回の勝利条件

 自分がアスカに指示を言い終える前に、『Sound Only』と表示されたウィンドウがポップし、ウィンドウから内線のコール音が聞こえてくる。

「内線にコール致しました。」


 スキャン結果を元にVRフィールドの中央に描画されつつあるナビゲーターの大きさの異様さに、チドリは対峙する位置にすでに移動し腰のワンドを手にしている。


「おぅ、接続していきなりの呼び出しとは一体何があった?」

 内線が繋がった様で、『Sound Only』と表示されたウィンドウからまーくんが状況を訪ねる声がする。


「依頼のコンピュータだが、暴走しているんじゃない。暴走様だ。」


 徐々に描画がはっきり表示してきたナビゲーターは綱の様な太い糸に簀巻きにされ、大蜘蛛の様なインセクトに抱き抱えられた状態でフィールドに現れた。

 身動き出来ないカガミと名付けたナビゲーターの首筋に大蜘蛛は牙をたてて、8つのまなこをこちらに向けて対峙する情景は正にRPGのエネミーエンカウントの様である。

 VRフィールドでは、インセクトから直接危害を受ける事はないが、インセクトの造形に恐怖心が湧いてくる。

 異常な何かが暴走を促しているのは間違いない。


 まーくんも付き合いが長いだけあって、空気から異常事態だという事を察したらしい。


「クライアントに連絡だな。何をすれば良い。」

 さすがは営業のエース。察しが良くて助かる。


「先ず、そのコンピュータの音声出力を切ってくれ。」


 …………


 VRフィールドに『えっ?』って空気が流れる。

 アスカはこっちを二度見してるし、チドリはワンドを構えた状態を解いて「そっち?」って、呟いている。


 いや、だってよ、流れるよ、声が、確実に。

 多分カガミの感情エンジン振り切っているし、後で大変やん。


 …………

 ……ごめん、緊張感削いで。


「うん、えっ、あ〜。後、選択する様に聞いてくれ。このコンピュータを救うか。暴走の原因を追求するか。仕掛けた犯人の手がかりを掴むか。この三つから一択だ。ただ、選んだからと言って結果の保証は出来ない。準備不足だ。」


 ネットワークの管理者アカウントが発行されていないのも原因の一つだが、取れる情報が少ないし、クラックまがいの事をすれば別だが取れる手段も限られている。


 そもそも巨大なインセクトに寄生され、フルで何かスペックを搾取されているカガミの表情からコンピュータ自体、持ちこたえる時間が限られているのが、最大の要因となる。


「お、おぅ。分かった。」

「急いでくれ。」


 こっちの微妙な空気を読んでか、微妙な返事をした後、こちらとの内線を繋いだ状態で手持ちの携帯端末から電話をしだす。

 聞こえてくる会話から直接クライアントの担当に連絡した様だ。


「判った限りで、カガミの状態は?」

「あっ、はい。どの接続ポートも反応が無いと言うより、処理が溢れてフローしている状態ではないかと推測されます。」

「これじゃ、接触アクセス出来ないから、リソースの状態はわからないよ。」

 確かに威嚇するインセクトに抱え込まれている上に、簀巻きにされているナビゲーターに接触は難しい。


「ただ、メモリも食い潰されて、延々とフルパワーで計算処理させられている感じがする。」

「ありがとう、解った。」

 解析を担当するチドリの感想だが、この状況を切り崩すポイントになるかもしれない。


「おぅ、待たせた。クライアントからの回答は、コンピュータを救うのを優先して欲しいそうだ。」

 何らか仕掛けられているその最中に調べるよりは、格段に手がかりは減るものの、暴走したコンピュータを救えば少なからず原因や犯人の手がかりが手に入るかもしれない。

 順当な判断だろう。


「了解。クライアントの電話は引き続き繋いでてくれ。失敗するにせよ、成功するにせよ、短い時間でケリがつくはずだ。」

「おぅ、解った。」


 さて、まーくんとクライアントには待ってもらうとして、これで勝利条件が確定した訳だ。

 さて、助けるべきナビゲーターの情報が直接取れない上に、取り巻くネットワークの情報もほぼ取れない状況で、頼りになってくるのは今迄の経験になる。


 標準のサポートAIでも学習機能はある上に、二人のAIナビゲーターはチーフ変態が開発した不思議仕様の斑鳩で動いている。

 二人はAIというプログラムで動く仮初めの存在とは言え、経験を積んだ彼女達は頼りになる。


 そのチドリが『延々とフルパワーで計算処理させられている』と言った。

 ループや円周率を計算しているならともかく、計算するネタはどこから来ている?

 ネタの供給を減らしてやれば、プロセッサやメモリも余裕が出てきて外部からの操作も受け付けるかもしれない。


「カガミが外部からデータを受け取っていないか?」

「そんな形跡あるよ。」

「ポートの処理溢れフローも過剰な通信の可能性が高いです。」

「あ〜、多分それだな。」


 極端な話、コンピュータのネットワークケーブルを引き抜き方法もあるのだが、そうなるとこちらとの通信も切れてしまう為、切断以降は自分達の操作を受け付けてもらえず、クライアント側に対応してもらう必要がある。

 そもそも可能性の段階であるので、ケーブルを引っこ抜くのは最後の手段である。


 内線の向こうで待機しているまーくんに声をかける。

「まーくん、クライアントに対象のコンピュータカガミがサイバーネットと過剰な通信がないか、ネットワークログで確認してもらえないか?該当が有ったらそのサイバーネットからの通信をブロックする設定をして欲しい。いっそのこと、サイバーネットから切り離してもらってもいい。」

「おぅ、解った。」


 内線の向こうでまーくんが、クライアントの担当とやりとりが聞こえてくる。

 通常の依頼の場合発行してもらえる管理者アカウントだと、パケットの調査やブロック、擬装パケットの送信だのやりたい放題なのだが、今回の様に制約がある環境で作業するといつも作業がしやすい様に環境を整えるべくクライアントと交渉する営業さん方に感謝する次第だ。


 クライアントに対処を依頼したが、内線から聞こえてくるまーくんの会話から、時間がかかりそうな気配があるので、それまで出来る事はやっておきたい。


「チドリ、ヴァーチャルマシン環境で、一つコンピュータを作ってくれ。速度優先で何でも構わない。それにカガミと同じネットワーク設定をセット。」

「えっ?そんな事して大丈夫でしょうか?」


 そう、通常は大丈夫ではない。

 社内ネットワークにせよ、サイバーネットにせよ、データを送受信する為に郵便の住所にあたるアドレスが発行され、重複しない様に管理されている。

 これが重複した場合、安全装置が働いて後から接続された端末が切り離される様にはなっているが、タイミングや状況によっては社内ネットワーク程度の規模だと全停止してしまう可能性もある。


「バレなきゃ、オッケー。ネットワーク内に暴走してるコンピュータが居るんだから、何が起きてもおかしくないだろ。」

「うわー、過激ぃ!了解!作るからまってて。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る