第13話:給湯室の攻防

「マーちゃん、こっちだ!」


 二年目君のコンピュータはマーちゃんに任せ、電子要塞から直接給湯室に移動したチーフ。

 冷蔵庫の扉を開け放しマーちゃんに向かって叫ぶ。


「わかった!おぅ、ちょっと借りるぞ。」


 チーフの意図を察したマーちゃんが、驚く周囲を無視して、二年目君が使うコンピュータの筐体から電源コードと外部モニターなどの大きめのデバイスの接続コードを引き抜き始める。

 最終的にマウスとキーボードなど比較的細かいデバイスや、いくつかのケーブルをぶら下げた状態で筐体を抱えあげ、給湯室へ運び込む。


 出勤した社員が弁当やおやつなどを入れる共用の冷蔵庫は、夜勤などを考慮して比較大きいサイズを用意している。

 午後のこの時間帯は、保管されている食品も少なく、チーフが整理して確保したスペースにマーちゃんが運び込んだコンピュータを納めた後、大きな音をたてて冷蔵庫の扉を閉める。


「おぅ、グリム!今度はどうだ?」


 オフィスからの呼びかけに状況を確認すると、一拍の時間を置いて、フィールド中央にアンカーされていた二年目君のコンピュータのナビゲーターが、かき消える。


「よし!ネットワークからの隔離は確認した!アスカ、チドリ、オフィスのネットワーク状況を再スキャン。飛んでくるメッセージが減ってくるか確認しろ。」

「了解!」「承りました。」


 コンピュータがクラッキング対処になっている可能性がある時、ネットワークケーブルを抜くのがセオリーだが、無線でネットワーク接続している場合、また取るべき手段が変わってくる。


 いずれにせよ、ネットワークから切断をしないとならないのは同じだが、無線接続を停止する手順なぞ一般的ではない為、すぐに操作出来る人間は少ないであろう。

 かと言って、コンピュータの電源を切るのは、被害状況の保全から言って、行ってはならない操作だ。


 手っ取り早く、かつ確実なのは、電波暗室を使う事であり、身近で代用できるものの一つが、冷蔵庫である。

 気密性が高く金属の箱である冷蔵庫は、電波を通しにくく、かつては盗聴を恐れた電脳技師ウィザードが冷蔵庫を使った逸話がある位である。

 決してマーちゃんとチーフは、コンピュータを冷やしたかった訳ではない。


 結露には気をつける必要があるが、コンピュータの筐体には、バッテリーを標準で搭載してあるので、1時間程度なら十分電源は持つだろう。


「お菊ちゃんをスキャンしていたアクセスも、無くなったね。」

「異常な量のメッセージ送信もなくなって、オフィスのコンピュータも正常に戻りつつあります。」


 確かにフィールドん見渡すと、異常化していた台座ベースも元に戻っているコンピュータも、確認出来る。

 台座ベースの上に居たナビゲーターは、しばらく惚けたままだろうが、時間が経てば全て元どおりになるであろう。


「ありがとう。マーちゃん、聞いての通りだ。二年目君のコンピュータが、発信元と断定して良いだろう。」

「了解。後は銀爺ジジイの仕掛けの特定のだねぇ。それはこっちで行うよ。それとグリム。役目は終わった様だから、お菊を解放してやってくれまいか。」


 そういえば茹で上がったお菊ちゃんは、プロトタイプアンカーにぶら下がっている。


「チドリ、お菊ちゃんのアンカーを解除してくれ。」

「うん、了解。それにしても、艶っほよねぇ。ちらリズム……とは、ちょっと違うか。マスター、画像ログ残しとく?」

「うるせえ、さっさと作業しろ。」

「は〜い。」


 今回の件は、報告書を書かなくて済む事を期待したい。

 そうでなければ、後でログは見直す事になるだろう。

 まぁ、報告すべき社長である銀爺ジジイの方が、一番良く状況を把握しているどころか、こちらの方が説明して欲しい位だ。


 ……だから反省会があるのか?


 プロトタイプアンカーから解放してお菊ちゃんをかかえているチドリを見ながら堪えていたため息がでる。


「マスター、いかがなさいました?」

 銀爺ジジイからのオマケでトラップが起きないとも限らないので、引き続き哨戒を続けているアスカが、ため息に気づいたのか声をかけてくる。


「いや、二年目君のコンピュータが、あそこまでおかしいのが見た目で判る位だったら、ここオフィスの規模だったら、一台一台見ていった方が早かったのではなかったかと。」

「それは結果論ではないでしょうか?」

「まぁ、そうなんだけど、銀爺ジジイが細かい斑鳩の挙動を把握している訳ではないので、唯一出し抜ける点だったかも知れないしね。まぁ、今回はお菊ちゃんに負担をかけてしまったなぁ。」

「そうですね。お菊ちゃんには自ずとそんな役が回ってきてしまうと言うか……。えっ?!マスター!待機状態のイオリが復帰しました!パッシブだと詳しく判りませんが、何かデータ送信しています。」


 急に情報を吐き出し始めたウィンドウを確認しだしたアスカが、心なしか早口で報告をあげる。


「なんだと。チドリ、監視メカリのシステムからイオリの状況を引き出せ。状態確認。アスカ、音声出力でチーフを呼び出せ。」


 二年目君のコンピュータで何かしくじったか?

 オフィスのネットワークの状態が、ほぼ正常に戻りつつあるのに、銀爺ジジイの端末であるイオリが復帰したとなると、続きがあるのかもしれない。


「あぁ、それには及ばないねぇ。ミッション終了だよ。」


 ひょっこり中継用のウィンドウにチーフが顔を覗かせる。


「仕掛けが特定出来たタイミングで、マーちゃんに銀爺ジジイから連絡があったよ。反省会の半強制参加のご指名が、15分くらい後に来るらしいから、後片付けだ。よもや自分がご指名がかからないとは思っていないよねぇ。」


 イオリの起動は、銀爺ジジイの終わりの仕掛けの様だ。

 ただ、終わったのだか、終わりの始まりなのかは分からないのが、悩みどころである。

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