第5話:マイニング

 現在、宇宙へは太平洋、アフリカ大陸、カリブ海の3本の軌道エレベーターが稼働しており、新たな事業の中心となっている。


 軌道エレベーターは宇宙へ物資を輸送するだけでなく、一番古い太平洋シャフトは特に複数の事業の中心となっている。

 一つは多層構造を利用した太陽光発電を行っており、これは軌道エレベータ事業以外の重要産業となっている。

 この事業は、液体充電池の実用化による恩恵で、太平洋に降り注ぐ太陽光で発電した電気をタンカーによる長距離輸送が可能になった事が大きい。


 また、温暖化による海面上昇の対策として、軌道エレベーターを使って海水を組み上げ、宇宙空間で巨大な氷塊として保管する計画が実行された。

 衛星軌道上に汲み上げた大量の水は、宇宙ステーションの飲み水などの生活用水の確保の他、宇宙空間での推進剤としての利用される事になる。

 また、宇宙空間での減圧蒸留を利用した安価で安定した真水の確保できる事により、軌道エレベーター内での半導体工場の稼働が可能となり、これも輸出産業の一つの柱となるまで発展をしている。

 そして、アフリカシャフトと連携しての、砂漠化が著しいアフリカ大陸での水資源への利用など、多岐に利用される事になる。


 だが、ここで問題になってくるのが、衛星傾斜角約45度で地球を回る氷塊の管理である。

 地上からも肉眼で一本の帯として観察する事が出来る何万もの氷塊の軌道を管理するのは、太平洋シャフトに設置している戦略級ストラテジークラスのコンピュータである。

 だが、このコンピュータは衛星軌道上の氷塊の交通整理のみで、氷塊の軌道修正に関する膨大な計算までする能力は持ち合わせて居ない。


 氷解自体が推進剤の塊である為、軌道修正に必要なエネルギーの確保は問題ないが、その氷塊毎に取り付けた推進器を、どの方向にどの程度どの位の時間吹かすのかの計算をどの様にするのかが問題となる。

 これを、分散コンピューティングの手法で解決することにした。


 氷塊の軌道修正に計算をするアプリを公開し、計算を代行してくれる協力者にはそれぞれ報酬を支払う。

 なお、この報酬は現金ではなく、軌道エレベーターで作られる充電済みの液体充電池で支払われる事となる。

 この支払いで使われた液体充電池は先物扱いになるが、現金化する事が可能な為、瞬く間に数多くの協力者がアプリをコンピュータにインストールする事になり、問題は解決に至る。


 この軌道計算のアプリをインストールし報酬を得る行為を、過去仮想通貨と呼ばれる通貨の取引計算をした報酬を得た行為と準えて、『マイニング』と呼ばれる様になる。


 またその後、この軌道計算のアプリの仕様とソースを一般に公開し、マイニングによる報酬を、規定の時間内に最も早く最も効率の良い推進の運用をしたユーザーに支払う様にした。

 この事により天文学者や物理学者、数学者などが競ってアプリの開発を行い、同時に開発された様々なアプリを有償無償で公開する様になったが、逆にこの公開された仕様を政治的な利用や悪用する者も現れた。


 自由に資産を持つことが出来ない管理経済圏の個人だけでなく、政府機関が外貨獲得の為に国家規模でマイニングを実行する例の他、クラッカーがクラッキングしたコンピュータに軌道計算のアプリを不正にインストールし処理をさせる例も報告されている。


 今回のコンピュータの暴走も、どの様なカラクリかは不明だが、このマイニングが絡む事象と思われる。


 ただ、今回のカガミにはアプリをインストールされた形跡は無い為どのように仕掛けられたか解析が必要だが、コンピュータを片っ端から壊していく、正に使い捨てとしか考えていないやり方は悪質である。


「で、問題の大手問屋のシステムは原因を特定出来たのか?」

「いいや、特定まで至っていない。と言うか、問屋自体が暴走を確認出来ないので信じていない様でね、調査自体やってない可能性がある。」

 毎回確実に発生する訳ではないので、問屋側としては『たまたま』『偶然』『繋いだ方の不具合』って事で、終わらせたいに違いない。


「て、事は何だ。システムは止めていないって事か?」

「おぅ、今日も元気に稼働中だ。本当なら解析をチーフにお願いするつもりが、この期に及んでシステムを停止しない問屋の対応に怒ってしまってな。本人は対応するつもりは無いらしい。それに、この件はお前の方が最適だと言っている。」


 確かに自分が不具合箇所を見つけて、チーフが不具合箇所の解析する方が、効率がいいだろうが……、


「なに?“Hermit's Lamp”ウチが調べるの?」

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