第6話:回ってきたお鉢

「おぅ、例のメーカーの社長さんが“わが社の技術力の高さ”を気に入ってな。これ以上コンピュータを壊されたらたまらんと、問屋の上の方と掛け合ったらしい。」


 問屋の方は、トップダウンで話が落ちてきた訳だ。

 とは言え、取引先同士の話で問屋のWEBシステムが怪しいと言う状況だけで動いてるし、問屋のシステム管理者側も良い印象を持っていないはずだ。

 もし問屋側のシステムに問題が見つからなかったら、確実に一悶着はあるはずだ。


「厄介な仕事持ってきやがって。リスクは認識しているだろうが。」

 音声通話の向こうから、あまり気にしてないオーラが漂ってくる。

 こんにゃろう。


「で、問屋側の情報を話せや。」

「おぅ、やる気になってくれて嬉しいぞ。今回のクライアントは『サークル・ファイブ』。全国規模ではないが、それなりの規模で自前でスーパーもやってたりはしている。システム部門も自前で持っているな。」

「そのシステム部門は、今回の暴走についてなんて言っている?」

「WEBシステムを書き換わった形跡はないと、言っている。開発ベンダーには確認したかは不明。そもそも問題をシステム部門自体が認知してないから、そこまでやっていないかもしれんなぁ。」


 直接先方の担当者とコミュニケーションが取れない以上、向こうの良心に任すしかないが、まともなアカウントを払い出してくれるだろうか?

 アカウントに画鋲が入っている嫌がらせとかされるとか無いだろうなぁ。


「使うアカウントが、またショボい奴だったらやんねぇぞ。」

「おぅ、その辺の仕様はチャンと詰めてくる。任せろ。ただ先方が、管理者アカウントの払い出しの条件として、監査機関の立会いを求めてくると思うが大丈夫か?」


 コンピュータで動いているアプリのプログラムや設定の変更が管理されたものなのか、内部統制や取引に関する諸法律が求めてくる事に対して、監査法人や弁護士などでシステム監査サービスを行なっている。

 システムの技術者が操作した情報をログに出力し、専門家がチェックする事により、不正な操作がされていないかを監査するのだが、AIの進歩により格段に効率が上がったとされている。


 特に、今回の様な問題がどこにあるか想定できないトラブルのインシデントの様に、ケースバイケースで対応する場合は、作業手順書を先に提出するより、AIが作業内容を自動的に取りまとめていくこの方法はありがたい。



「で、どこの監査法人か弁護士がつくんだ?」

 監査システムは、出来合いの物や監査機関が独自開発したりするなど、それぞれ特徴や癖があったりする。


「『サークル・ファイブ』は、オオバ監査法人を使っていると聞いているから、そこじゃないかな?」

「あぁ、あそこのイズミちゃんね。」

「……? 何だ、それ?」

「こっちの事だ。監査法人使う金があるなら、システムチェックしてほしいなぁ。」

「それで、ウチに仕事がまわって来た事を認識してほしいなぁ。」

「わかったよ。で、いつやるんだ?」

「おぅ、明後日の夜、業務時間を避ける為、20時から開始予定だ。それまでに暴走が発生した場合は、例の対処方法を取るように社長さんがアナウンスはしてあるそうだ。」


 非公式ながら、例の暴走が発生した場合は、自分たちが取った方法を簡略化した手順である『ネットのケーブルを外して、終了コマンドを打ち込む』方法が有効だと解り、それ以降壊れたコンピュータが無いらしい。

 以前は電源ケーブルを引き抜く方法を取っていた会社も有った様だが、正常に終了させないとサポートAIに記憶や積んだ経験の記録に支障が発生するので、オペレーションシステムから正しく終了させる事が基本となっている。


「開始の20時までに監査システムのクライアントアプリのインストールをしておいてくれ。ダウンロードの方法は、先方より連絡が来たら転送する。」

「了解。わかった。」


 とりあえず当日は夜間作業が確定なので、昼間は仮眠を取っておくとしよう。

「おぅ、そう言えば前から聞こうと思っていたのだが、俺の経験上、AIの監査システムが関わると大なり小なり嫌がるのが普通なのだが、なんでお前はあまり気にしないのだ?」

「ふふふ、それは企業秘密だ。」


 ++


「いっ〜〜〜〜〜〜〜〜!やっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 VRフィールドに拒絶する大きな悲鳴が響き渡る。


「やぁ、イズミちゃん。今回よろしく。」

「なんであんた達なのよ!システムチェックだからって、油断したわっ!指示書の内容が杜撰過ぎるのよ!嫌っ〜〜!なんで私があなた達の担当なのよっ!!」


 紺のパンツスーツに黒縁眼鏡、肩まである髪をまとめたキャリアウーマンの様なナビゲーターが取り乱して叫ぶのは、オオバ監査法人が独自に開発した監査システム『オアシス』のAIである。

『イズミ』は、オアシスの開発コードだったらしく、斑鳩上で識別する為に勝手に呼んでいる名前である。


 オオバ監査法人は大手の監査法人の一つである為、過去にも何度か監査システムであるオアシスを使った仕事をしている。

 今回もシステム調査にあたり、クライアントからの指定で、作業開始前にクライアントアプリをインストールしてこの騒ぎである。


 オアシスはAIを使っている為、斑鳩上でナビゲーターとしてイズミちゃんは表示された上でシステムチェックに付き合わされる。当然のようにインセクトに寄生されたチェック対象のコンピュータとの対応を目の当たりにする事になる。

 お堅い監査法人が作ったからか真面目なイズミちゃんにとって、ナビゲーターに寄生したインセクトは衝撃的だった様で、どうやらトラウマになってしまった様だ。


 監査システムであるオアシスは、複数の案件を同時に実行出来る様だが、『監査』と言うシステムの性質上AIの経験値は平準化するらしく、どの案件でもクライアントアプリには同じ記憶を持ったAIがインストールされている。


 トラウマについて、経験と見るべきか排除すべき問題と見るべきかは、メンテナンス時のチューニング次第であり、実際斑鳩上で稼働したAIにはいつも以上に最適化された情報が入る様で、削除される事はめったにない。


「まぁまぁ、運が悪かったと思って諦めて。」

 作業時間に近づくのにも関わらず取り乱すイズミちゃんに、チドリが慰めにもならない声をかける。


「嫌よぅ! またどうせ、ぐちゃぐちゃのドロドロなんでしょ!あんた達が使うシステムだと、まともな報告ログが出来ないじゃない。私という存在の沽券に関わるわっ!どうせ今回もまともじゃないんでしょっ!」

「うん、今回もそう。適当によろしく!」


 毎度ながら斑鳩が絡むと、まともなログが出せないのはお互い様で、監査システムが入った方が書き上げる報告書が少なくなり、自分としてはどちらかと言うと歓迎である。

 しかし、ありのまま報告ログ出力をしてしまうとR指定のB級ホラーな文章が出来上がってしまう為、監査システムのAIとしてはどうしても簡素化もしくは抽象的な表現の報告ログになってしまうらしい。


 進歩した技術が万能ではない証左であるが、自分としては都合が良いので特に働きかけはしていない。


 ちなみに過去、アスカを使って同様の方法で作成した報告書を提出した事があるが、WCSCはもちろんの事、オフィスでも簡略化しすぎると速攻で再提出を食らった経験を持つので使う事を諦めている。

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