サイバーネット・ウィザード 〜電脳世界のアーティファクト〜

鴻司

Report.1

第1話:斑鳩、起動完了

「斑鳩の起動完了、画面構成終了致しました。」

 AIナビゲーターである『アスカ』からの声で閉じていた目を開く。

 ヘッドマウントディスプレイより網膜投射される輝度を落としたVRフィールド。

 いつも通り右横に座るお淑やかな顔立ちのアスカと左前方にアスカに似ているが、どことなく活発な顔を見せるもう一人のAIナビゲーター『チドリ』の姿が、宙に浮かぶVRウィンドウの表示の光に照らされて浮かびあがる。


 事前に送信したチェックリストを表示するVRウィンドウを、グローブインターフェースとのシンクロの確認を兼ねて、アスカから受け取り見やすい位置に固定する。

「今回の案件は、南青山商事のネットワーク調査です。ログ記録開始致しました。」

 アスカの落ち着いたナビゲーションを聞きながら、チェックリストをスクロールし内容を確認。

 今回のクライアントである南青山商事は中堅の輸入会社で、ここ最近外部から社内ネットワークをウロチョロする形跡があるものの原因が特定できず、調査を外部である自分に依頼する事になった様だ。


「了解、接続開始してくれ。」

 今回の調査用に先方より発行されたVPNのゲストアカウントファイルであるICカード状のオブジェクトを、VRフィールド上でチドリに飛ばし接続を指示する。

「じゃあ、南青山商事のVPNゲートエンゲージ、接続始めるね。」

 チドリが受け取ったアカウントファイルのオブジェクトに右手をかざすと、オブジェクトは細かいキューブ状に弾け軽く光った後に文字がスクロール表示されるVRウィンドウに変化する。


 三人の中央にクライアントのロゴマークであろう、立体のオブジェクトが表示されると、チドリは引き続き文字がスクロールする先ほどの変化したVRウィンドウを脇にずらし邪魔にならない位置に固定する。

「接続完了。接続アカウントに管理者権限の発行されてるね。」


 きちんと作業ログがアスカ側のシステムに落ちているか確認して、現在時刻を表示しているウィンドウを指で弾き時間を確認する。

 午前10時10分。

 大概の会社なら始業時間からかなり経過しており、業務で使用する端末はほとんど起動しているであろう時間帯だ。

 クライアントから指定された開始時刻ジャストから始めると、何故かクレームが来る理不尽を回避する為、大体時間を10分程度ずらして作業を開始する様にしている。


「よし、じゃあ作業を開始しよう。チドリ、ネットワークをスキャン。ブロードキャストを飛ばそう。アスカ、可視化を。」

「了解。」「承りました。」

 二人のナビゲーターの周りに表示されるウィンドウの数が増し、それぞれのウィンドウを操作する。

 それに伴い、中央に表示されていたロゴマークが端から流れる様に消えていき、その代わりに足元に俯瞰する形で光のラインが徐々に表示されていく。

 接続したネットワークの状態を収集し、クライアントから事前に受け取ったネットワーク構成などの資料を照合。HUBにもアスセスしネットワーク上を飛び交うパケットの状態を含めて、戦略級ストラテトジークラスのスペックを持つチドリが分析。

 その分析結果を受け取ったアスカが、クライアントのネットワークをVRフィールドに見える形に展開をする。

 目的別に色分けされたパケットが光の道となって飛び交い、電子回路の様な整然かつ複雑なラインを織り成す。

 そしていくつもあるその光のラインの末端には人の影が見える。


「よし、サーチボットを飛ばして、ネットワークを周ってみるか。」

 足元にあった可視化されたネットワークが急速に拡大していき、光の帯の中に高速で突っ込む様な感覚に陥る。

 先程のブロードキャスト同様にサーチボットは、ネットワーク上に直接接続する為に、大量のログを残す事から隠形の作業には向かないが、このような依頼された状況では効率とクライアントへのアピールを含めて多少派手な手段を実行する。


 光の帯として可視化されたネットワークをすり抜けながら、その中に立つ人の姿のおおよその数を数えて、ネットワークの規模を感覚で把握する。

 光の帯で表示されるネットワークの間に立つ人。

 実は自分が使うコンピューター『アスカ』に搭載した管理システム『斑鳩』が表示する「AIナビゲーター」、つまり、可視化処理し人の形に表示したクライアントのネットワーク上で稼働するコンピュータシステムである。



 広域情報通信網の事をいつからか「サイバーネット」と呼ばれる様になった世の中。新しい素子の開発によるコンピュータ処理能力の飛躍、3D保存理論の確立による大容量ストレージの実用化、ほぼタイムラグなしで大容量データ通信出来るネットワークの恩恵を受け、AI技術は格段に進化した。

 昔ながらのインターフェースを愛用する技術者もいるが、戦略級ストラテトジークラスから個人利用パーソナルユースまでのほとんどのコンピュータ端末にはサポートAIが組み込まれたOSがインストールされている。最大の特徴としては、様々なインターフェース入力を対応しているだけでなく、音声入力機能が搭載されており、検索の指示から簡単な資料の作成まで、ほとんどのサポートAIとの会話だけで成立する。

 コンピュータのチップは小型化されているとはいえ、電源や冷却装置の他、ホロディスプレイや音声入力装置などの外部デバイス接続の処理回路を搭載する必要がある為、物理的な制約は抜け出せず、個人利用パーソナルユースの装置でさえ据置が前提の大きさの機体となってしまったが、AIによる圧倒的利便性から一人に一台持つまでになった。

 その為、一時期繁栄を誇っていた、スマートデバイスも今や自宅や会社に設置したコンピュータの遠隔端末に過ぎない。


 もちろん、サポートAIをキャラクター化してデスクトップアシストにするアプリを作成する物好きが居て、ネット上には人や動物から無機物までいくつもリリースされている。

 このサポートAIをキャラクターにする事による可視化の概念を、システム監視やネットワーク監視の管理ツールに利用を考えたエンジニア変態が運悪く同僚に存在した。

 一般常識を持つ技術者なら眉をひそめるであろうこの企画は、そのエンジニア変態の人並み外れた技術力と、ノリの良すぎる職場と言う環境を得て、その受け狙いとしか思えない監視システムが現場に実装されてしまう。

 実際の所、職場としては実験運用とか技術転移とかの位置づけで企画を通したと思われるが、極めつけの不幸が自分とその監視システムとなぜか相性が良く、職場として看過出来ない程の成果を出してしまったことである。


 その結果、当初一介のシステム管理者であった自分が、今ではカウンタークラッカーの切り札である“ネットハウンド”と呼ばれる電脳技師ウィザードの一人である。

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