第6話:アーティファクト『龍鱗』

 今回の調査は、何処かに埋め込まれている悪意あるコードの発見である。

 対象コードのデータサイズは小さい可能性が高く、それに伴い手に感じる反応も小さい可能性がある。

 そうすると、手のひらで感じるほどの大きな反応ではなく、指先で繊細な反応を感じながら作業を進めていく必要があるはずだ。


 アプリの特徴ばかり気が行って、肝心なのはコードの検出だという事を失念していた気がする。

 今度はアクセス権の事はあまり考えずに、指先に意識を集中する事にした。が、もっと精度が欲しい。


「よし!精度を上げるぞ。アスカ、『龍鱗りゅうりん』を一枚準備してくれ。アカウント制御の設定を頼む。」

『龍鱗』は、涙滴形の鱗の形をした、大きめのコインサイズのアーティファクトである。


 利用するほとんどのアーティファクトは、自分の指示に従い二人のナビゲーターによって制御されるが、『龍鱗』は自分が直接制御出来る数少ないアーティファクトである。

 コントロールは、今使っているヘッドマウントディスプレイに搭載される“脳波コントロール”を使っている。

 医療用途で開発された“脳波コントロール”は、次世代のインターフェースと期待されるいるが民生用に発売されたデバイスは、まだ精度が悪く複雑な事は出来ない。

『龍鱗』も事前にマクロ登録された機能を脳波コントロールで実行や検知する事しか使えないが、ノータイムで自分が制御が出来るので、使い方によっては作戦に幅が出来る有効なアーティファクトのひとつである。


 今回『龍鱗』には、左手で行っていたコンピュータのアカウント制御をマクロを登録し、三本目の手として働いてもらう。


「承りました。設定完了。ユニット名をDS-1で登録致しました。」

「ありがとう。」

 アーティファクトの名前に鱗とあり硬そうなイメージがあるが、むしろ柔らかくある程度形を変形させる事が出来る。

 その『龍鱗』をチドリの手元に出現させ、ベガの眉間に貼り付けると、七色に光るサークレットを付けた様な装いになる。


 シンプルな機能しかない『龍鱗』に複雑な操作を今回するつもりは元々ないので、これで集中して両手を使う環境が整った。


 今度は丁寧にストレージのDBに保存されているデータをチェックしていく。両手が使えると、やはり精度は段違いだ。

 再開した作業に没頭していく。

 いつもなら適当な所で休憩を促すアスカの声がないのは、チーフが止めているのか、それとも思ったより時間が経過していないのか。

 時間の感覚が麻痺しているかもしれない。


 ベガのストレージを扱う両手の指の指先で探るようにデータを触れていく。


 ……?…


 何やら指の先に、違和感を感じる。

 いまチェックしたデータか?いや、違う。

 ガイドモニターも、リストを表示したウィンドウも見ず、ただ指先の感覚に集中する。


 綿花の山に紛れたゴミを探る様な、白い砂の中に混じった小石を探す様な、静かに深く深く探っていく。


 “チクッ”


 探った先に有ったのは、小さな棘が刺さったかの様な小さな、だか不快な感覚を残す一つの塊が指先に残る。

 チェック状況が表示されているガイドモニターを確認すると、比較的大きなデータが表示されている。


「アスカ!コードの確認頼む!チーフも手伝ってくれ。」

「承知した。と、言うか、始めてるよ。」


 この二人ならすぐに結果がでるだろう。

 手に残っている感触は、他には異物は無い様に思えるが、まだそれが正解か判らない。

 集中力を切らさない様に息をは吐き、周りを見渡す。

 時間は思ったより経って居ない様だ。

 そしてベガを確認すると、感情処理が振り切っている様で、反応がない。


「見事だ。ビンゴだねぇ。斑鳩でも具現化できないくらいの短いコード、このスクリプトに組み込まれたここ部分が、悪さをしている。」

 早速コードの確認が終わらせた様で、自分が見える位置に発見した内部コードを表示したウィンドウをまわしてきた。


「再起動したタイミングで、コンピュータに保存してある決済情報を、外部のデータ保管サービスに転送する様にセットされているよ。」

 当然DoS攻撃の中、何とかシステムを復帰させようとシステム担当者は、再起動するであろう。

 住所、氏名、そしてカード情報、それらのデータを漏えいさせる為に、システム担当者の対応を逆手にとってくるとは、今回のクラッカーは中々えげつない。

 多分現場が混乱している中、最悪気づかれずにデータを抜くことが出来た可能性が高い。


「さて、相手の手口も判った。目的も判った。これから、どうする?転送先のデータ保管サービスを見張るかい?」

「いや、短期決戦だ。アスカ、法務部にメッセージ。D様式でWCSCにハウンド申請を依頼してくれ。尻尾位は潰してやらないとな。」

「承りました。」

「チドリ、DoS攻撃はどうなっている。」

「相変わらず飛んでくる。意味の無いパケットが鬱陶しいよ。」

「良し、アスカとチドリ、フェノンにアーティファクト『コイル・ミミック』をセットする。」

「了解!」「承りました。」


「『D様式』に『コイル・ミミック』かい。なるほど、釣り上げるつもりだね。」

 さすがは開発者変態。申請の様式と、使うアーティファクトで自分が考えた作戦の目星をつけられてしまった。


 ちなみに、申請の様式は複数あり、クラッカーを追跡するなど打って出る時によく使われるものがB様式、罠を仕掛けるなど待ち受ける作戦によく使われるものがD様式である。

 付け加えると、A様式は汎用的な申請書であるが複雑な時、例えば複数のハウンドによる共同作戦などに使われる。


「釣り上げに際して、一時的に決済システムの処理を低下させる必要がある。クライアントに了承を取ってくれ。餌を巻く必要があるが、反対される様だったら中止する。」

「承知した。何れにせよ、クライアントには埋め込まれていた悪質なコードについて報告も必要だ。しばらく抜けるから待っていてくれ。」

 そう言い残すと、モノリスの表面Now-の文字PRINTINGがグレーアウトして反応がなくなった。


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