第4話:チーフからの報告

 沈黙したモノリスの帰りを待っていると、ナビゲーターを寝かせていた長椅子の中から何やら動き出す音がする。

 ベガの様子を見ると、ズタボロだった衣装スーツも修復されており再起動をした様だ。が、様子がおかしい。なんとなく青ざめていて、なおかつ漏れる息が苦しそうな気がする。嫌な兆候だ。

 それを裏付けるかの様に、起動が上手く行かないのか、再起動を繰り返している。


 3回程再起動を繰り返した頃、グレーアウトしていたモノリスの文字が復帰する。

 どうやらチーフの連絡が終わったようだ。


「ただいま。申し訳ないが、悪い話ばかりだねぇ。」

 開口一番、絶望的な宣告。

「……頭の悪いわたくしめが理解出来るように、順序だてて話して頂けますでしょうか。」

「うむ、よかろう。」

 尊大な口調で答えた後、一枚のコミュニティサイトを表示したウィンドウが現れる。


「まずは脆弱性の方だが、発見した本人に確認したところ、わたしも参加しているネットコミュニティで書き込んだ程度で、正式な公開はしていないらしい。ただ、特殊な人間が集まる傾向があるとは言え、そのコミュニティはオープンなので誰でも閲覧は可能だ。それにより、クラッカーの特定は難しい。」

 あっ、特殊って認識あったんだ。


「で、正式公開していない理由は?」

「データが足らないそうだよ。そこに書いてある様にそもそも脆弱性の条件が、負荷がかかっているコンピュータの特定のポートにとある手順を取るのだが、今の時代でコンピュータに負荷をかける事自体がなかなか出来ないからねぇ。それにまだ、この脆弱性による攻撃の成功する条件がわからないらしいねぇ。」

「へっ?」

「まだ、推察の域だが、本人は『ランダム』と表現していてねぇ。どのアカウントで実行されるか、やってみないとわからないと言っていたよ。つまりだ、引いたアカウントの権限が低かった場合はクラッキング自体上手くいかないが、上手く行った場合は使っているアカウントが判らないから、問題を起こしている原因の特定が難しい事になる。」

「と、いうことは??」

「上手く行った様だねぇ。目下、ベガ嬢は起動完了後に原因不明のデータ出力をおこなっているらしいよ。」

「だぁ〜〜〜!」

 頭を抱えたくなる。


「それに追い打ちをかける様で心苦しいが、使っているデータベースアプリは、“ゴスペルDBデータベース”だよ。気づいているとは思うがね。」


 通常システムを組む時、手間と時間を削減する為に、出来合いのアプリを組み合わせて構築を行う。

 ミドルウェアと呼ばれるアプリになるが、バックアップはバックアップアプリ、ウィルス対策はウィルス対策アプリ、そしてデータの保存管理や計算集計などを行う専門のミドルウェアとしてデータベースアプリが使われる。


 データベースアプリについては、色々なアプリメーカーが凌ぎを削っており、その内の一つが“ゴスペルDBデータベース”というアプリが存在する。このDBデータベースの特徴は、高機能であるがとにかく権限管理が面倒くさい。


 利点が行き過ぎると、逆に欠点になる典型的なパターンで、用意されている過剰なアカウントに対して、権限が振られていないと、データの存在すら認知出来ないという技術者泣かせのアプリなのである。

 パケットの糸によってズタボロにされた衣装スーツから覗くアンダーウェアに、“ゴスペル”のロゴらしきプリントがあったのを見ないふりをしていたが、やっぱり避けては通れないらしい。


「アルタイルやベガの仕様書あるんだろう。作成した技術者に出張ってもらって、チェックしてもらえば良いだろうよ〜。」

「最終的にはそうするだろうが、現時点でキミが対応している案件に対してだ、クラッカーが何を仕掛けたか把握しておく必要があるのではないかい?」

 正論である。


「相性の悪い“ゴスペル”を避けたいのは理解出来るが、キミのチートじみた特技でチェックするだけはやって欲しいねぇ。」

 チートっていうな。

 一服盛られた様なベガの様子を見るに、多分悪質なコードを何処かに埋められたと推察出来る。


 まぁ、“ゴスペル”での異物検出のスコアが悪いのは確かだが、マニピュレーションモードでコンピューターの異物を検知できる事自体、自分ですら理由が判らない。それを使って仕事を組み立ているのは事実だが、他人にハナからそんなものを期待されるのは勘弁したい。


 とはいえ、チドリが相変わらず定期的に尻を撫でられたと鳴いて居るところをみると、引き続きクラッカーによるポートスキャンは行われているらしい。

 クラッカーに諦めてもらうには、ある程度こちらから仕掛けた方が良い頃合いかもしれない。


「チクショ〜、泣きそうだ。仕方ない、やるか。チドリ、支障が出るからデネブの処理の切り離しを行ってくれ。」

「ひゃんっ!了解です。アスカ、よろしく。」

「承りました。」


 フィールドの中央に居たチドリが、元居た定番である立ち位置の方に向かい直し、腰のワンドを両手で構えると、宙に浮いたワンドを中心にコードが浮き上がる魔方陣の様なプログラムパターンが表示される。同時にアスカが斑鳩用のウィンドウパネルを操作すると、チドリの向いた先、左手斜め前方に電子回路の様な透過する模様の光の柱が立ち、一人の少女、AIナビゲーターが姿を現わす。


 新たに現れたナビゲーターは、デネブにそっくりな容姿をしているが、長めのボブと、浅葱色のグラデーションの衣装スーツの二ヶ所がチドリとお揃いになっている。


 仮想技術というと、今こうしてヘッドマウントディスプレイを通してアスカやチドリなどのAIナビゲータやモノリスとやり取りしている仮想現実空間を意味する『VR』、つまり「Virtualヴァーチャル Realityリアリティ」が挙げられるが、これとはと別に『VM』と約される「Virtualヴァーチャル Machineマシン」と呼ばれる技術がある。


 身近な所で例を挙げると、最新の高性能ゲーム機に過去に流通した低スペックのゲーム機をエミュレートするサービスが一般化されている。

 これと同様の発想で事業級エンタープライズ戦略級ストラテジークラスの筐体に業務級ビジネスクラス程度のスペックを割り振り、複数のシステムを仮想的に起動させるVirtual仮想 Machineマシンと呼ばれる技術が実用化されている。


 この技術は、一台のハードウェアで複数のコンピューターを起動させる事が出来るメリットや、仮想的に起動させているコンピューターをコピーするなど、管理面で色々とメリットがある。


 さて、デネブにそっくりなナビゲーターは、チドリがデネブをコピーし取り込んだ仮想のコンピューターのナビゲーターを、斑鳩によって新たに可視化したものだ。つまり、チドリの中で動いていたデネブのコピーとなる。

 ただしコピーとは言え、戦略級ストラテジークラスが持っている潤沢なリソースを割り振っている為、オリジナルのデネブよりスペックは高く、実際彼女が現時点で受けているDoS攻撃のパケットを捌いているのである。

 ちなみにAIナビゲーターの人格は、チドリである。


「チーフ、クライアントのシステム担当に連絡してくれないか。ベガのシステム診断をするから、再起動後の操作は控えてくれと、伝えてくれ。」

「承知した。」

「アスカ、ベガを調査するから、引き続きサイバーネットからの接続を遮断してアンカーしてくれ。」

「承りました。」

「チドリ、準備でき次第、ベガをチェックする。マニピュレーションモード使うぞ。」

「了解です。」

「あと、デネブのコピーを『フェノン』と命名。」



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