Report.3

第1話:当直日の依頼

「よぉ、『グリム』。ちょっといいかい?」

「その名を呼ぶな。追い出すぞ。」


 ネオン街をひとつ通りに入った、寂れたバー。


 って、事は無く、ここはオフィスのオペレーションルーム。

 月に数回入っている当直で久々出社した夕方のシフト交代の時間帯だ。


“Hermit's Lamp”社のシステム管理者だった自分が元々行なっていた業務を忘れない様にする為や、監視する業務対象の把握、後は労働基準を満たす為の出社となるが、“Hermit's Lamp”社の規模の会社としては珍しいハウンドの直接雇用をしている為、色々と大変な様だ。


 先ず挙げられるのは引き抜き対策だが、自分がハウンドをする事の出来る要因の斑鳩とチーフがセットでないとならないので実質無理としても、クラッカーやそのバックに居るであろう犯罪者組織などの報復行為などに注意が必要な為、出勤の仕方でも個人情報が漏れない様に色々と制約があったりする。


 ちなみに世界中のクライアントが使っているコンピュータの監視代行サービスを請け負う“Hermit's Lamp”社は3交代制だが、今回の自分のシフトは通称『欧州時間』と『北米時間』。つまり、一晩ぶっ通しでシステム監視に当たる。

 とは言え通常三人体制の補助要員扱いなので、一定時間を過ぎると二つある仮眠室の一つを占有し、何もなければ朝まで寝れる気楽な身分だ。

 ただし、何もなければだが……


 これからの欧州時間を担当する仲間と駄弁りながら、斑鳩の起動チェックをしている最中、営業のおっさんこと、まーくんがやってきての冒頭の発言である。


「今から仕事の自分と違って、もうすぐ退勤時間だろう。さっさと机に戻って片付けでもしてろ。」

「おぉ、この前の雑貨屋の時は、派手にやったじゃあないか?」

「……このチャーチ・グリムに、何か御用でしょうか。」

 奴には以前の案件で、多少借りがある。

 自分に付いた『チャーチ・グリム』は、手法から名前がついたハウンドを特定してしまう不名誉な二つ名だが、この場にいる古くからの社員は、みんな知っていたりする。


「おぅ、すまんな。急遽見て欲しいコンピュータがある。」

「どんな案件だ?」

「まだ、契約していない所だが、暴走したままぶっ壊れるコンピュータが立て続けに発生して、相談されたんだが対応してくれるか?」

 契約してない所と言う事は、只働きになる可能性がある。


「見込み客って事か?」

「おぅ、そう言う事だ。サービスって事でお前の出動について、営業こっちが費用については面倒を見る。口頭ベースだが、オフィスの統括には了解済みだ。」

「了解。気前が良いな。」

「損して元取れって奴だ。それで契約取れれば良し、スポット契約でも交渉してみるさ。最悪でもこの前の雑貨屋で、多少潤っているからな。」

「そう言う事か。」

 相変わらず手回しが良いおっさんだ。


「で、申し訳ないのだか、今まさに暴走が発生してるらしい。」

「斑鳩は稼働チェック終わるから、すぐに行けるぞ。」

「おぅ、ありがたい。対象のコンピュータの情報とVPN接続の接続コードは届き次第送信する。」


 ++


「対象のコンピュータ情報および接続コードをメッセージ受信しました。」


 場所が変わって、ここはオペレーションルームに併設されている、オフィスのVR専用ルーム。

 ヘッドマウントディスプレイを使ってのVR操作をする時専用の小部屋である。

 VRでの操作はどうしても独り言をしている様に見える上、手を振り回すグローブ操作の特質上、通常アクリルのパネルに仕切られたパーテーションが、どこの会社でも用意されている。

 VR黎明期の時は、VR会議により会議室のスペース削減を導入効果として挙げていたらしいが、今その様な提案をすればそれ以降その営業の話を聞いて貰えないだろう。


 オフィスは自宅を除いて斑鳩に直接接続出来る数少ない場所であり、当直の時は有事に備えて常時起動をしている。

 接続場所は違えども、斑鳩が表示するVRフィールドの中は、いつもと変わらない。


 まーくんから届いたメッセージをアスカが整理してウィンドウに表示する。

 どうやら日用品メーカーの業務級ビジネスクラスのコンピュータが対象らしい。


「了解。まーくんは居るな。」

 ヘッドマウントディスプレイの照射パネルを上に持ち上げリアルの景色を見ると、アクリルパネルの向こうにオフィスの様子が見える。

 オフィスの自分の机で電話していたまーくんがこちらが見ている事に気付いた様子で、手を挙げて手首を回すジェスチャーをしている。

 早く繋げと言う事らしい。


「よし、お急ぎらしい。アスカ、ログ記録開始。チドリ、VPN接続を開始してくれ。」

 まーくんのメッセージに同封されていたVPNのゲストアカウント情報を斑鳩上で展開すると、ICカード状のオブジェクトで表示される。

 そのオブジェクトをチドリに受け渡しながら接続を指示をする。


「了解です。VPNゲートエンゲージ、接続するね。」

 チドリが受け取ったICカード状のオブジェクトに右手をかざすと、細かいキューブ状に弾け光った後、文字情報がスクロールするウィンドウに変化する。


 VRフィールドの中央には、その企業のロゴと社員向けと思われる色々な注意事項が書かれた掲示板が表示される。

「接続完了です。社員さんもお使いになられる通常アカウントの様ですね。」

「対象コンピュータに繋ぐ分には問題ないが、パケット情報が取れないのは辛いな。」


 監視作業は通常発行された管理者アカウントを使って、ネットワーク機器のミラーポートよりクライアントのネットワーク情報を取得する。

 だが、流石に契約していない一見さんに管理者アカウントを発行は難しい様だ。


「まぁ、持てる手段を最大限に利用して出来る限りの結果を出しますか。よし、対象コンピュータをカガミと命名。カガミにフルスキャン開始。それと、パケットも取得出来るものだけでも拾っておこう。」

「了解!」「承りました。」


 データの消失を避けるためにはネットワークに複数経路にパケットをばら撒く特性があるが、無駄なデータを無制限に送信する事がない様に、ネットワークの分配器スイッチはある程度配信先の分別を行う様になっている。その為、専用のポートが使えないと、情報がかなり制限される事になる。


「カガミをアンカー完了。解析完了し次第、斑鳩にて順次構成致します。」

「スキャンの反応悪いよ。大丈夫かなぁ?」

 カガミは暴走しているだけあってか、なかなか情報を返して来ない様子で、いつもより時間がかかってカガミというナビゲーターを描画していく。


 が……


「アスカ、何かおかしい!内線でまーくんにコールしてくれ!」


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