第10話:攻守交代だ!

「さて、ここから攻守交替だ。反撃行くぞ。アスカ、カウント頼む。」


 今までは銀爺ジジイの仕掛けた筋道通りに踊ってしまっていたかもしれないが、ここからはこちらが仕掛けるターンだ。

 生身の銀爺ジジイ相手だと少々分が悪いが、今度は直接操作している可能性は少なく、数ヶ月前に仕掛けたプログラムが相手だ。


 これで出し抜かれたら、自分まで酒の肴が確定の上、落ち込んでしまう。いや、本気ガチで落ち込む自信があるので、多少大げさでも、気合いをいれておく必要がある。

 負ける訳にはいかない。


「承りました。カウントスリーで開始します。」


 斑鳩のナビゲーターでもあるアスカは、いつもの自分の右側に、そして浅葱色のメカリとおなじタキシードを纏ったチドリは、いつもの立ち位置よりやや中央に陣取って、メカリの仮想影武者を担当する。

 チドリの自我は今回メカリの仮想影武者に移しているが、衣装スーツが変わる事で、チドリの姿勢が変わって見えるから不思議だ。


 そして、フィールド中央には、プログラムパターンに手首の座標を固定され吊るされた様な格好で、開始を待つお菊ちゃん。

 しばらく時間が経過したものの、まだ目はトロンとしており、モジモジと身体を揺らして待機している。


 ちなみにチーフは、引き続き使い慣れたインターフェースが銀爺ジジイの悪戯の影響で使えない為、モニターに専念する事になった。


「では、始めます。3!2!1!スタート!」


 アスカのカウント終了と共に、フィールドの背景であるマスクがかかっていたオフィスのネットワークの表示がホワイトアウトする。


 擬似的に組み替えたネットワークを出現させる為に、一旦オフィスのネットワークを、一部を残してシャットダウンさせた為である。

 シャットダウンさせると、オフィスのネットワークが使えなくなるが、オフィスにいる社員には連絡済みである。

 そもそも、コンピュータが銀爺ジジイの悪戯の影響下にあり、誰も仕事が出来ていないので問題ない。


「シャットダウン確認しました。チドリ、仮想環境メカリの影武者のネットワーク設定を起動して。」

「了解。復帰と同時にネットワーク参加。お菊ちゃんのプロトタイプアンカーとの接続もしておくね。」

「ありがとう。」


 今回の作戦の肝である増設したネットワークも、メカリの仮想影武者も、プロトタイプアンカーも戦略級ストラテジークラスであるチドリのコンピュータの中で生成された環境である。


「ネットワーク、復帰します。3、2、1、復帰確認しました!」


 ホワイトアウトしていた背景が徐々に描画され、クリアになっていく。

 チドリの中で生成されたダミーのネットワークも加わり広くなったオフィスのネットワークが、展開されていく。

 その接続している全てのコンピュータから、起動直後のネットワークに対して情報を収集する為の信号が発信される。


 複雑な回路の様に表示されたネットワークに沿って、可視化されたパケットが一斉に光の点として走り回る様は、ネットワークの再起動直後にしか見る事は出来ない。

 滅多に見る事が出来ない自分が好きな光景の一つだ。

 しかも、今回はフィールドを羽根が舞い上がり幻想的である。


 ただし、歪な形の台座ベースに足を取られて転がるナビゲーターが居なければの話であるが……


「ふぁっ!」


 フィールドに意識を飛ばしていると、突如チドリが声をあげる。

 視線を移すと、フィールドに散乱していた羽毛がつむじ風を巻く様にまとまり、チドリにまとわりついている。


「あんっ!羽根が服の中に入ってくるぅ。」


 まとわりつく羽毛は、露出している部分だけでなく、無遠慮に衣装スーツの中に侵入してくる。

 セキュリティ対策をとっているが、どの様な形であれ正規のデータ形式である以上それらは反応しない。


「ひぃんっ!あんっ!こっ…れは、つらいね。やんっ!薙ぎ払っちゃって、いい?」


 Symbol of 象徴Powerであるライトセイバーで、異常な数のデータを捌いてしまおうとチドリが提案してきた。

 リソースが制限された条件で、羽毛で撫で回されるのは流石に厳しらしい。


「お菊ちゃんにアクセスがあるまで、ちょっと我慢してくれ。」


 擬似的に拡大したネットワークの影響か、幸い銀爺ジジイの仕掛けに追加のアクションは今のところないが、羽毛の密度が薄くなると何か起きる可能性もある。


「わっ、わかった。あっ!はんっ!背筋はやめてぇ……」


 襟首から侵入した羽毛が背筋に沿って落ちていくその度に、信号が脊髄を駆け上がるらしい。

 潤沢に持つリソースが使えない彼女にしたら、いい様に嬲られるもどかしい状況だろう。

 ひょっとしたら、拘束プレイのひとつになってしまっているかもしれない。


「…………くっん!」


 ガクガクと全身に痙攣が走りながら、何とか耐えようと、二つの腕でガードする。


 〜 ふわっ 〜

「んっ……っぁぁぁっ!」


 僅かなの情報量をもった大量の羽毛が法則性をもって集まり、小さな旋風となってチドリの太ももの間をすり抜ける。

 密度を持って狭い隙間をランダムに撫で上げる羽毛の動きに、ついにチドリは腰が砕ける。


「く、くっ、はっ、き、気を抜いたら、笑っちゃいそう……。ひぃ、助けてぇ。」

「……うん、知ってた。」


 今までなんとか大人しくしていたが、ついに足をバタつかせ始めた。

 色っぽさのカケラもない。

 チドリは銀爺ジジイからの次のアクションがあるまでへたり込んだまま、暴れようがとりあえず耐え忍ぶしかない。


「まだ、それらしきパケットは……、ないねぇ。」

 お菊ちゃんをモニターしているチーフも、チドリの状況に焦りが出てきている。


 今、チドリが受けている大量のメッセージの影響で、正常なパケットだけでなく破損したパケットもネットワークに充満していて、この状態だとどれが目的のパケットか判別が難しい。


 パケットの解析精度も欲しいが、銀爺ジジイからの新たな攻撃の対処と、銀爺ジジイの仕掛けの位置特定の為のメッセージデータ羽毛の解析などを優先して、チドリの自我を仮想マシン影武者に振っている。

 しかし、この状況が続くならポジションを考え直した方が良いかも知れない。


「ひゃっ!?」

 いきなりお菊ちゃんが声をあげる。


「どうした?」

「なゃにか、お尻に当たった様なゃ……」

「なに?銀爺ジジイの仕掛けからのアタックか?」


 パケットの解析ログに目を通すが、情報量が多くて特定出来ない。

 しかし、間違いなくお菊ちゃんにアプローチがあったはずだ。


 さて、どうする?

 モニター越しのチーフを見ると、過去のログを追うのではなく、刻々と表示される新たなログを追っている。


「ふぁっ?!」


 再び、お菊ちゃんが声をあげる。

 と、同時にアスカの報告がくる。


「反応ありました。」

「間違いないな。」

「ふぁぁぁぁっ!」


 間髪入れず、啼くお菊ちゃん。


「よし、来たっ!解析頼む。」

「承りました。」


 斑鳩はお菊ちゃんにスキャンが行われていると判断したが、そもそも銀爺ジジイがどの様な方法でスキャンをしているかが不明である。

 破損したパケットをぶつけてきているらしい事はわかっているが、現時点でネットワークに壊れたパケットが充満している状態で、目的のパケットをさがしだす解析には、それなりに時間がかかる可能性がある。


「ふぁぁっ!お尻になゃにか這ってるよぅ〜。」


 頭上で両手首をプログラムパターンに座標固定された身動きが不自由な状態で、モジモジとお尻を振っている。


 だか、すぐ横で羽毛に弄られて暴れているチドリも気になっている様で、微弱なアプローチに耐えながら、チラチラと目が離せない様だ。


「解析完了致しました。パケットを特定出来そうです。」

「おっ?予想より早いねぇ。」


 早いに越したことはないとは言え、思っていたより早いアスカの報告に、自分と同じ感想をチーフが口にする。


「それが、同じデータのパケットが検出されるのです。」


 今回、戦略級ストラテジークラスであるチドリを使って、仮想的にオフィスのネットワークを拡大した目的は、銀爺ジジイの仕掛けを混乱させる事である。

 そして、そのネットワークにダミーとして配置したコンピュータに送信されたパケットは、全てお菊ちゃんに転送される様になっている。


 発信元は擬装されて特定は簡単にはいかないが、どうやら銀爺ジジイの仕掛けは同じ内容のデータのパケットを送信している様で、しかもこちらが配置したダミーのコンピュータは同時に受信している。


 送信されたパケット情報を単体で見た限りでは、どこでもある壊れたパケットでしかなく、今のオフィスのネットワークでは、特定は難しかっただろう。

 その、一本の繊維の様なパケットも同一なデータで有れば縒り合わさった様なもの。

これなら追跡が可能だ。


 感度が上がっているお菊ちゃんのお陰でもあるが、オフィスのネットワークを全停止させただけの効果はあった訳だ。

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