第11話:仕掛けからのアクセス

「ふにゃぁぁ、取ってぇ〜」


 銀爺ジジイの仕掛けからのスキャンも、本格的になってきたらしい。

 解析が完了している今、斑鳩は小さめの毛筆の様なオブジェクトで表現していて、状態をレイヤーモードで確認してみると、腰に近い広いポイントを虫が這う様な速度で、ゆっくりなぞっている。

 その動きはプロトタイプアンカーでないと分からなかったかもしれない。


「とりあえず、データにどんな意味ががあるかは分からんが、同一パターンのパケットなら辿り易くなったな。」


 オフィスのネットワークなら、ハウンドの特典アドバンテージであるパケットビューイングが制限なしで利用できる。

 壊れたパケットである為、通常のパケットの様には検出出来ないし、間違いなく発信元は擬装されているので、簡単にはいかないだろう。

 しかし、流石に辿るパケットが同じデータパターンと特徴的なので、幾分仕事はやりやすい。


「しかし、ここまで特徴的だと、トラップと言う可能性はありませんか?」

「いや、多分大丈夫だねぇ。ネットワークには、複雑な事を仕掛けるだけの能力を持ったコンピュータがあれば、間違いなくチドリが検知しているよ。おそらく誰かのコンピュータに寄生してると思うねぇ。」

「まぁ、多少のリスクと効率を落としても、チドリを直にネットワークに出しているんだ。いざとなれば力技でぶっちぎるし、それに早めに終わらせないと、お菊ちゃんが持ちそうない。」


 移した視線の先には、細く吐息を漏らすお菊ちゃんいる。

 知らず知らずのうちにゆする腰が帯を緩め、着崩れていく黄八丈の襟下からは、跳ねる白い足が覗いて見える。


 そういや、レイヤーの修正を嫌がったチーフは、製作者特権でお菊ちゃんアンダーウェアーは、襦袢のみで下は履いてなかったんじゃなかったか?


 一方、チドリは全身にまとわりつく羽毛を除こうと膝立ちになって身体を激しくゆすっているが、さほど効果は無いようだ。


「兎にも角にも、お菊ちゃんへのスキャンが終わるまでが勝負だ。アスカ、辿るぞ!」

「はい、承りました。パケットビューイング開始致します。」


 パケットビューイングを使って、お菊ちゃんに送信されるパケットを遡って、羽が飛び舞うオフィスのネットワークの中の発信元を特定していく。

 元々、発信元を辿る調査はパケットビューイングには向いてなく、時間がかかるがこの際仕方ない。


 お菊ちゃんを弄る筆は、まるで焦らすかの様に動きに、不自由な身体を縦横無尽に這い回る。


「くぅ〜っ、ふぁっ?らめぇ〜!」


 その信号シグナルは、お菊ちゃんの背筋を駆け上がり、一際大きな悲鳴をあげる。


「むぅっ!銀爺ジジイが使う管理者アカウントでお菊にログインされた。」


 お菊ちゃんをモニターしていたチーフが報告をする。

 これで拉致とかされてパスワード流出しているならともかく、他人が使えないアカウントである以上、銀爺ジジイが仕掛け人である事はほぼ確定だ。

 しかし、お菊ちゃんにメカリの監視アプリをインストールしていなかったチーフが、アカウント制御に関して、律儀に内規に従って構築していたのは以外だ。


「ふぅ〜〜……、ふぅ〜〜……、んっっ…………!!!」


 浅く息を整えていたお菊ちゃんが、突如雷に打たれたかの様に、今度は激しく仰け反った。


 一つ目の筆の動きを意識していたところへの不意をつかれた二つ目のアクセスが、首筋まで背筋メモリをなぞり、お菊ちゃんか再び声にならない悲鳴をあげる。

 背筋は仰け反り、爪先立ちのふくらはぎには人なら肉離れがおきそうな痙攣が走っている。


 二つ目のアクセスは、一本目より穂先が広く大きめの筆のオブジェクトとして生成され、無遠慮な動きで背中を撫で回し情報を収集していく。


「ひゃぁん、まだにゃの?あぁんっ!」

「ごめんなさい!もうちょっと、頑張って!」


 一つ一つの筆の動きは耐えられないものではないが、蓄積している負荷は無視出来るものではない。


 パケットビューイングによる解析もネットワークに飛び舞う羽根や、パケットが壊れて出来たノイズに阻まれて思った以上に難航している。


 銀爺ジジイの仕掛けからお菊ちゃんに行われるスキャンは、どうやらオフィスのネットワークに設置された未知(銀爺ジジイが知らない)のコンピュータが、どの様な機能を持ったコンピュータなのかを調べている様だ。


 銀爺ジジイの悪戯に支障があるコンピュータなら、その後はどんな動きをするか分からないが、お菊ちゃんの様に物書きドキュメント専用なら、一回のスキャンと同じ様に、ある程度情報収集した後に解放されると思われる。


 利用者に察知されない様に時間をかけてスキャンしている様だが、そのスキャンが終わるまでに特定できるかが勝負である。

 さらに、一回目とは違い、増幅したアクセスを受けているお菊ちゃんの負荷も心配の一つになる。


「くぅっ…………!」


 背中を撫で終えストレージのスキャンを開始した二本目の筆からの負荷はは、予想以上にかかった様で、お菊ちゃんの声に余裕がなくってくる。


 ただ、ストレージに関しては一つのデータを除いて深くは掘り下げないだろう。

 実際負荷だけかけて、深い所にはアクセスしようとしていない。


 そう、ただ一つのデータを除いて。


「……くっ!そろそろ奴がログに接触するぞ。解析まだかね?」

「もう少しです!」


 クラッキングで行われる操作の一つに、行ったアクセス記録を消去する行為がある。

 ログの改竄である。


 ログに接触したと言う事は、こちらの持ち時間が猶予がない事を示している。


 お菊ちゃんをそれぞれアクセスし終えた二本の筆は弧を描いて宙に舞い、二つの胸の前に直立になって停止する。

 正に無防備な頂点に狙いを定めるかの様な筆の動きに、お菊ちゃんの潤んだ瞳が恐怖に染まる。


「ちょっ……、やめっ…………、ひゃっ!」


「解析完了致しました!発信元をアンカー……ちょっと、オフィスのネットワークの負荷が高くて出来ません!」

「よし来た!お菊ちゃんを離脱っ。チドリ!薙ぎ払え!」

「了解です!まかせてっ!」


 お菊ちゃんがフィールドからかき消えると同時に、散々舞い乱れる羽毛に弄られて、なす術も無いかの様に耐えていたチドリが、腰のワンドを手にして立ち上がる。

 瞳には数秒前までの痴態は幻のかと勘違いする程の力を宿し、『力Symbol of 象徴』Powerであるワンドから光の刀身を抜き放つと、そのまま水平に一閃。


 弧を描いて放った軌跡は、ネットワークに負荷をかけていた舞い降る羽毛を同心円状に消滅させながら広がっていき、フィールドの視界が急激に開けていく。


「ネットワーク、クリア。発信元をアンカー致します!」

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