第3話:オフィス

「おぅ、早かったな。……どうした?」

「酔った……」


 タクシーの清算を同行者に任せて、飛び込んだオフィスだが、『颯爽と登場』という訳にもいかず、ちょうど入り口に居たマーちゃんと、冒頭の会話である。


 それもそのはず、揺れる車内でスマートデバイスの小さな画面を見続けた訳で、車酔いにならない訳がない。

 車の流れがよく、20分もかからずオフィスが入っているビルに到達したが、影響は免れなかった。


 会社の基幹を担うメカリが攻撃を受けていると知って騒然とするオフィスは、監視業務や開発部門の担当だけでなく、営業や管理部門の人間まで、オペレータールームやチーフの電子要塞に集まっていた。

 自分の入室に一斉にこちらを振り向くが、自分の青い顔を見て、一層の悲壮感が漂う。


「おぅ、これでも舐めろ。少しはマシになるだろう。」

 外国製らしいパッケージのタブレットケースをスーツの内ポケットから取り出したマーちゃんは、自分に渡す。

 一粒口に含むと、脳天まで突き抜けるミント味。


「うげっ!何だ、この味?」

「おぅ、ヒドイ味だろ。俺が知る中で最強だ。眠い会議のリーサルウェポン。」

 ニヤニヤしながら解説をするマーちゃん。

 たしかに眠気が、すっ飛びそうな味である。おかげで車酔いで口の中に広がっていた嫌な味覚もリセットされ、少しは頭もスッキリしてきた。


「わざわざ選んで食べるとは、マゾかお前は?でも、助かった。少しスッキリしたわ。で、何が起きた。」

 タブレットケースを返しながら、チーフが掛かりっきりになっている電子要塞に近づき、質問をする。


 今も電子要塞に張り付いているチーフだが、タクシーに乗っている時も、チーフからの情報が入ってこなかったのも気になる次第だ。

 キーボードを叩き続けるチーフに代わり、マーちゃんが口を開く。


「おぅ、朝から監視システムでこのオフィスを限定して、軽微な警告が頻繁に出ていたらしい。それも明らかに誤検知とわかるアラートだったらしい。」

「あぁ、自分が朝来た時は、騒ぎになってなかったしな。」


「チーフが午後から出社ってのもあって、一時的にオフィス限定で表示をカットしたらしい。チーフが出社して確認したら、溢れ出るほどメッセージを表示していて、今もその状態だ。」

 視線の先のモニタにはメカリが拾った警告メッセージが、目で追えないないほどの速度で次々に表示されてくる。

 しかし、表示されているのは、『タイマーを起動します』とか、『時間を合わせました』とか、オフィスに居る人なら明らかに誤検知だと分かるものばかりだ。

 しかも、オフィス関連ばかりのメッセージを考えられる限りばら撒いている感じだ。


「正確には、いつから始まった?」

「メカリに履歴を調べさせたら、メッセージカットを設定したタイミングかららしい。」

「明らかに、タイミングを合わせられているな。」

「おぅ、同意見だ。」


「で、アホみたいに送信されるメッセージはどこからだ?それと、攻撃による業務影響は?」

 セキュリティやアップデートも考慮すべきかだが、システムというものは動いてナンボで働いている事が前提なので、業務影響を先ず考慮すべき内容だ。


 そして気になるもう一つの事。

 監視システムであるメカリは、監視対象のコンピュータから受け取った情報を整理して、管理する仕組みである。

 その為、メカリが全ての監視対象に対して、誤検知を出すならともかく、オフィス限定で誤ったメッセージを表示しているなら、それを送りつけている存在がオフィスにあるはずだ。


「メカリも稼働していて。業務影響は幸いない。軽微なメッセージが対象だからな。こっちの対応が必要な重大なメッセージは問題なく表示される様だ。とは言え、ここまで量が多い情報を捌いていると、メカリのAIチューニングに支障が出てきて、普段ならふるいに落とされる情報まで表示される様になってしまっているらしい。」

「過剰反応を起こしているって事か。」

「おぅ、そうらしい。で、この根源を探ろうと、チーフが自分のコンピュータを操作しようしたら、操作を受け付けないらしい。」

「ナニ?ハクホウが、クラックされたってか?」

 自分としては、メカリが攻撃を受けている事より、ハクホウがクラックされてしまった方が驚きだ。


 アスカやメカリをはじめとして、Hermit's Lamp社で稼働している事業級エンタープライズのコンピュータの内、開発部……、となっているが、実態はチーフが使い倒しているコンピュータには、ハクホウと呼ばれているサポートAIが搭載されている。


 クラッキングに関して知識の深いチーフが、自分の専用機(本当は違うが)であるハクホウに対して、メンテナンスが長期間出来ていないならともかく昨日今日で、クラッキングされるとは考えられない。

 クラックされるという事は、コンピュータに隙などそれなりに理由があるという事。例えゼロデー攻撃の要因があったとしても、複合的に対策をとれば対処、もしくは最悪は検知がある程度出来るものである。


 それがチーフが出社してハクホウを使うまで気づかないのは、かなりの異常事態である。


 ちょうどディスプレイに表示したウィンドウの情報を読み終えたチーフが、ようやく顔を上げる。

「やられたよ。ハクホウの入出力が潰されたよ。」

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