第2話:オフの過ごし方/その二

「いや〜、暑くなってきたねぇ。これお土産。電車に乗る前に買ってきたから、まだ冷えているとおもうが。」

「アルコールか。ありがとう。けど、今から開ける訳にいくまい。冷蔵庫に入れておいて。冷蔵庫の中の飲み物を好きに飲んでてくれ。」


 マスターが住むこのマンションは、都心から1時間以内のエリアにあり、メトロの駅まで徒歩5分、15分歩けば主要鉄道の駅にたどり着ける立地にあります。

 元々幹線道路沿いで大型店舗があったエリアに、川沿いの再開発によってマンションが立ち並ぶ様になりましたが、主要鉄道の駅前は昔ながらの商店街も残っているそうです。

 このエリアに住んでいるのは、住みやすいと言う理由より、有事の際を考慮されており、オフィスへはどの様な交通機関を使っても1時間以内にたどり着ける事と、逆にマスターに何かあった際も即座に人を派遣しやすい事が挙げられています。


「おっ、パスタかい。」

「いつも簡単な物で申し訳ない。夜はピザでも取るか?」


 この二人だと、圧倒にマスターが料理を作る事が多いです。

 マスターのお話しですと、チーフの料理の腕前は悪くないけど、炒飯を作るのにも前日から下拵えから始める本格派で時間がかかるのが理由だそうですが、騙されているだけではないでしょうか?


「もう少しで出来るから、テーブルセッティングをしてくれるか。」

「了解した。そういえば、大した事ではないが忘れない内に、オフィスから伝言。シフトを少し変えるそうだよ。メッセージを見ておいて欲しいそうだ。」


 チーフが斑鳩を開発して、マスターが私の管理者となってから取り巻く環境が、大きく変わりました。

 開発者のチーフがどの様な意図があったかはわかりませんが、元々システム管理の為に斑鳩が開発されました。

 マスターやチーフが所属する“Hermit's Lamp”社の誰より斑鳩を使いこなし、対クラッカー対策に成果をあげたマスターは私やチドリの専属の管理者となり、ネットハウンドの資格を持つ事になりました。


 ネットハウンドは、ボーダーレス化するネット犯罪に対応する国際機関として発足したWorldCyberSpaceCourt(世界電脳世界裁判所)が、慢性的に不足する対クラッカーの捜査要員として一般の電脳技師ウィザードに与えている資格になります。

 WCSCに加盟している国のサイバーネットに限られますが、クラッカーに対応するネットハウンドに特典アドバンテージが与えられます。

 これはネットハウンドにはWCSC効力圏内のサイバーネットからアプローチに限定されますが、攻撃してくるクラッカーに対して捜査執行の名の下に反撃をする資格を公に認められる事になり、ネット関連企業だけでなく大手企業や政府機関までハウンドの人員確保に当たっています。


 クラッカーに対する捜査の執行については、色々な制約があります。

 大きくは四つあり、一つ目はWCSCに申請し受理される必要がある事。

 24時間世界中のハウンドから届く申請は、コンピュータで審査され即時回答される仕組みになっています。

 WCSCが申請を審査する為に用意したシステムは、『ジャスティス』や『ジャッジメント』などとタロットカードの名前をつけた戦略級ストラテジークラスのコンピュータが行なっています。


 二つ目は、受理された申請については申請したハウンドに捜査権が与えられますが、捜査の執行に当りWCSCの専用サイトで執行内容が公開される事。

 クラッカー達が情報を取り交すサイバーネットのアンダーグランドでは、自分に該当する執行内容を知らせるサービスやアプリがあると聞いています。


 三つ目は、捜査時に与えられるハウンドの特典アドバンテージが30分と時間が限定されている事。

 これは短い様に思えますが、通信の秘密などの政治的な配慮の他、執行内容の公開などの原因でクラッカーが気付くなどの理由で、30分を超えると成果が上がらない為、特に問題にはならないかと思われます。

 ただ、特典アドバンテージが使う事ができる30分という時間制限はありますが、その時間を経過しても捜査権は申請したハウンドが打ち切るまで引き続き与えられます。

しかし、民間の電脳技師ウィザードであるハウンドが長期間の捜査をするメリットはあまりなく、特に理由がない限りは打ち切るのが普通で、WCSCとしてもそれを認めています。


 捜査の終了については、ハウンド自身が判断してWCSCに報告書を出した時点となります。

 報告書を出さず執行中の案件を抱えていると、WCSCへの新たな申請が受理されにくくなり、それを嫌ってマスターは面倒でも案件終了直後に報告書を書くようにされています。


 四つ目は、ハウンドが捜査に使うアプリについて、WCSCに事前登録しておく必要があります。

 この事前登録したアプリは、ウィザード電脳技師が使う魔法の道具を揶揄して、『アーティファクト』と呼ばれます。

 対クラッカーの対応で、登録されてあるアーティファクト以外のアプリが使用された事が判明した場合、そのハウンドにはペナルティが課せられます。

 ちなみに、斑鳩もアーティファクトとして登録されています。


 マスターはネットハウンドの資格を取得してから在宅勤務になり、チーフの訪問を例外としてオフィスへの連絡はネット越しのVRで会議に出ている他、月に数回オフィスに出向き元のポジションであったシステム管理の夜勤も担当されています。


 マスターがオフィスに出勤する時は、セキュリティの観点から特別なシフトを組むと聞いています。

 今月の夜勤のシフトの体制をかえるのでしょう。



 世の中はネットワークやコンピュータの発達と共に、軌道エレベーターの稼働や液体充電池の実用化、それに伴う新しいビジネスの創造により、制御するコンピュータの役割が益々重要になってきています。

 コンピュータを管理するシステム管理者や、コンピュータを守るハウンドの役割も共に重要になってくる。マスターはそんな世の中の守護者ではないでしょうか。


「おまたせ、出来たからテーブルに並べてくれ。」

 さて、昼食の用意が出来たようです。

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