2 海賊公園


 お父さんが死んで、うちがカーサ・オーシャンに引っ越したのが、ぼくが小学3年生のころ。そのときすでにタニヤからミニ四輪は発売されていたのだが、学校で大ブームになるのは、ぼくが4年生になってからだ。

 クラスのみんなは、休み時間になるとミニ四輪の話ばかりするようになり、男子だけじゃなく、女子までその話に割り込んでくるようになった。



 そのころには、『道路でミニ四輪をするときは車に注意しましょう』とか『周囲のひとの迷惑にならない場所でミニ四輪は走らせましょう』なんて、学校でも言われるようになっていた。


 テレビのニュースでも、子供がミニ四輪を道路で走らせて事故に会ったなんて事をやっていて、ちょっとした社会問題にもなっていたのかも知れない。

 でも、所詮は子供が走らせる小さい模型の自動車であり、それがぶつかっても人や車が傷つくわけでもなく、せいぜいミニ四輪が壊れてお終いだった。

 そして、それ以上に、なんといってもミニ四輪は小学生だけでなく、中学生から大人までが夢中になるような、最高に楽しいおもちゃだったのだ。

 誰もあの勢いを止めることはできなかった。



 ぼくももちろん、ミニ四輪は欲しかった。絶対に欲しかった。

 が、うちはお父さんがいないし、お母さんだけで、でも生活に不自由しているわけではなかったが、1台1万円以上するミニ四輪を、「ねえ、買って」とは、なかなか言い出せなかったのだ。お父さんがいたら、ぜったい味方になってくれると思うんだけど……。



 が、5年生になった4月、誕生日のプレゼントにとうとうミニ四輪を買ってもらえることになった。あのときは、ほんと、嬉しかったなぁ。もう、自分の誕生日を指折り数えていたもんだ。

 近くに住む同じ5年3組の中嶋なかしまくんにも「今度の誕生日にミニ四輪買ってもらえるんだ」と教え、「そしたら、じゃあ、一緒に海賊公園で走らせようよ!」と約束してもらった。


 でも、とうぜん誕生日までは待てず、ぼくと中嶋くんは、海賊公園で待ち合わせて、中嶋くんのミニ四輪を見せてもらうことにした。



 海賊公園は、ぼくとお母さんが2人で住むカーサ・オーシャンのすぐ目の前にある。

 うちの目の前の道路の向こうがもう海賊公園だ。

 ここは、1街区ほどの小さな公園なんだけど、ちょっとだけ木が生えていて、ど真ん中に海賊船が置いている。あとは砂場やすべり台があって、トイレと水飲み場があるだけ。


 海賊船は、コンクリートでできていて、鉄の階段で乗り込めて、中央に赤くペンキで塗られた鉄のマストがあり、プラスチックの帆がかかっている。

 小っちゃい子は無理だけど、ぼくたち5年生くらいになれば、勇気のあるやつはこのマストによじ登って、帆につかまることができた。そし、あんまりやってると、大人に見つかって怒られるのだ。


 この海賊船以外、あんまり大した物のない海賊公園だけど、じつはここにはサイクリング・コースがあるのだ。

 サイクリング・コースといっても、子供むけのお粗末なやつで、コンクリートの道が公園内を一周しているだけ。

 幅も狭くて、大人が乗るみたいなサイクリング自転車で走るのは、逆に難しい。なもんで、幼稚園とか小学生でも1年生とかが、ちっさい自転車で走ったり、もっと小さい子が三輪車をよちよち漕いだりする場所だ。


 でも、そういうちびっ子どもは、夕方ちかくなるといなくなるから、3時とか4時になると、海賊公園のサイクリング・コースは無人で、最近は近所のミニ四輪をもっている奴らが集まってきて、たまに走らせていた。


 ぼくはずっと、この海賊公園を走るミニ四輪をマンションの窓から眺めていたけど、もうすぐ仲間に加わることができるのだと思うと、わくわくを抑えることができなかった。



 ぼくが海賊船の上に立って、そわそわと待っていると、やがて中嶋くんがツールボックスを手に提げてやってくるのが見えた。

 ツールボックスは、大人の工具箱みたいな形の、透明プラスチックの箱で、取手がついたやつで、開くとぱって抽斗が勝手にひらいてパーツや工具がしまう場所が横にスライドし、一番したにはミニ四輪をしまうことができた。サイドにタニヤの星マークがついているのが純正品で、ミニ四輪をもっている奴は、みんなこのツールボックスも持っているのだ。


「おーい」

 ぼくが手を振ると、気づいた中嶋くんが軽く手を挙げて走り出す。

 でも、ツールボックスの中のミニ四輪は、バンドで固定されているので、走っても壊れたりしない。


 走ってきた中嶋くんと砂場のあたりで合流する。

「ごめん、待った? デンドーくん」

 中嶋くんは、ぼくのことを苗字の抹羽まっはではなく、下の名前の伝堂でんどうで呼ぶ。ぼくもいずれタイミングを見つけて彼のことを悟志サトシくんと呼ぼうと思っている。


「ううん、全然」ぼくは首を激しく横に振る。「それより、それが中嶋君のミニ四輪?」


「そうだよ」

 中嶋君はにっこり笑って、ちかくのベンチへ移動する。ベンチの上にツールボックスを置いて、蓋を開いた。工具やパーツの下から、そっと手をつっこんで、慣れた手つきでベルトをぱちんと外して、ミニ四輪『ランボルギーニ・カウンタックLP400』を取り出して見せてくれた。


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