7 ゴールのゆくえ
「反則じゃないぜ」黒崎がホイラーを操作しながら、声に出す。「路上レースでのコース外走行は、公式ルールでも認めてるんだ」
「安心しなさいよ。ルールなら、あたしの方が詳しいから」
雪花が言い返す。
2台はつぎのコーナーへ。
四半円を描くゆるい高速コーナー。これがふたつあって、ゴールラインへ続く直線になり、一周目が終了する。
エヴォⅣが前、電光アヴェンタが少し遅れて追撃。2台は一定の距離を保って直線を駆け抜け、2周目に突入。そのままの勢いで第1コーナーへ飛び込んだ。
最初の直角コーナー。
スピードの乗る直線からの侵入でエヴォⅣが減速に入った瞬間、黄金の電光アヴェンタが牙を剥いた。ノーブレーキで飛び込み、エヴォを抜き去り、そのままの勢いでコーナーを駆け抜ける。
次の直線では、大きく差をつけて雪花が先行。第2コーナー、つぎの直角コーナーでさらに差がついた。
「ちっ」
黒崎が聞こえよがしに舌打ちする。
VRゴーグルの下の表情が、悔し気に歪んでいるのが分かる。
が、その先のS字。
先行する雪花に追いつこうと、猛烈な勢いで黒崎はコースから一直線に飛び出し、ショートカットでダートを駆け抜ける。
一方雪花は、素直にS字に侵入。が、速い!
1周目はブーメランのように綺麗にまわったS字コーナーを、今回は雷撃のように翔け抜ける。まさに金色の稲妻!
S字をショートカットして、コンクリートのふちで軽くジャンプしたエヴォがコースに復帰し、雪花のアヴェンタと並ぶ。
2台は肩を並べて併走したが、それも一瞬。ぐいぐい加速した雪花の電光アヴェンタが前に出る。
「くっそ」
黒崎が毒づく。
次のコーナー。雪花は減速するどころか、さらに加速して飛び込み、車体を斜めにした四輪ドリフトで駆け抜ける。
コーナー、直線。そのどちらでも、雪花の電光アヴェンタは、黒崎のエヴォⅣに差をつけた。
アプリ判定を使うまでもない。雪花のランボルギーニ・アヴェンタドールが、黒崎のランサー・エヴォリューションⅣに大差をつけてゴールラインを駆け抜けた。
「くっそっ!」
黒崎が悪態をついて、手にしたホイラーを地面に叩きつけた。
「うおっ、やったー!」
ぼくは思わず快哉を叫び、拳を突きあげてジャンプしてしまい、黒崎に睨まれた。
ぎょっとして肩をすくめるが、こちらを睨む黒崎の前に香田雪花が滑り込んでくる。
「じゃ、約束通り、あんたのマシン頂くわ。それと、いまの一部始終、動画に録画させてもらったんだけど、ユーチューブで公開しても構わないわよね。あんたのイジメに近い賭け試合のこともきっちり解説させてもらうけど」
雪花のあげる動画なんて、日本中のミニ四輪好きが閲覧しまくっているにちがいない。
黒崎は慌ててゴーグルを外すと、青い顔で首を横に振る。
「待ってくれ。……それはちょっと待ってくれ」
雪花は大きな動作で腕組みして、黒崎を見上げる。
「まあ、許してあげないでもないけど」
意地悪くいう。なんか声が嬉しそうだ。
「そのかわり、条件があるわ。あんたがみんなから巻き上げたミニ四輪を返すこと。それを約束するなら、動画の公開はやめてあげてもいいわよ」
「……わかった。その条件を飲むよ」
「うん。じゃあ、あんたたち!」雪花はいきなりぼくらの方を振り返った。「このブラックだかカフェオレだかが、ちゃんとみんなにミニ四輪を返したかどうか、あたしに報告しなさい。いいわね」
「……はぁい」
なぜか先生に叱られたみたいな調子で、ぼくと中嶋くんは首をすくめた。
「くそっ」まだ黒崎は性懲りもなく毒づいてる。
「あと、あんたのあのマシン、あたしやっぱ要らないから、持って帰って」
雪花に言われて、黒崎はぱっと顔を輝かせた。
「あんたのエヴォ、違法改造でしょ。非正規のハイパワー・モーターに、高電圧バッテリー使ってるわよね。それはメーカーから使用が禁止されているパーツだわ。なぜなら……あら」
雪花が見ている前で、黒崎のエヴォⅣが煙を上げ、ぱっとオレンジ色の炎をあげて燃えだした。
「ああっ、おれのエヴォっ!」
黒崎が駆け寄って手を出そうとするが、すでに燃えて火を上げているマシンに触れることができない。
タケウチが冷静に、バッグの中から携帯消火器を出してきて、しゅーっと白い泡をかけ、やっと火が消えたが、黒崎のエヴォⅣは黒焦げ泡だらけのひどい有様だった。
「そんなぁ」
黒崎は半泣きで座り込む。
「……というような理由で、違法改造はしない方がいいわよ」
雪花は黒崎を指さし、ぼくと中嶋くんに先生みたいな口調で説明した。
「じゃ、タケウチ、撤収しましょう」
彼女はアヴェンタドールをゴーグルなしで自分の足元まで走らせると、リア・ハッチを開いてバッテリーを取り出し、ツールボックスの中にしまってベルトをかけた。
ぼくと中嶋くんが唖然とするなか、香田雪花はさっさっさっと歩き去り、タケウチが彼女の連絡先を印刷したカードを手際よくぼくらに配って彼女のあとを追った。
最後は、公園のそとの道を黒い高級車が走り去り、その後部座席にご令嬢然として納まっている白いワンピースの影がちらりと見えただけだった。
これが、ぼくと『電光』雪花との出会いであった。
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