6 『電光』雪花


「見てみなよ」中嶋くんがふたたびぼくの耳元でささやく。「雪花のアヴェンタは、電光アヴェンタと呼ばれているんだけど、特別製の限定品なんだ。フロントのボンネットがもりあがって、エアインテイクっていう空気取り入れ口がついているだろ?」


 ぼくは、金色のマシンに目を凝らした。

 たしかに、雪花のアヴェンタドールのボンネットには、鮫の口みたいに横に平たく開いた空気取り入れ用の穴が開いている。


「フロント・モーターなんだ」中嶋くんがいう。ぼくは意味が分からず、彼の顔を見ると、中嶋くんは宇宙に隠された秘密を解説するみたいな顔で、ぼくに説明してくれた。


「アヴェンタドールは、本当はカウンタックなんかとおんなじミッドシップ・モーター、つまり一番重いパーツであるモーターを車体のだいたい中央付近に設置してるんだ。このやり方は、ほとんどのスーパーカーやF1カーなんかでも採用されている方式で、安定性が高い。だけど、逆にスピンしやすくて、レーサー仕様のミニ四輪には向かないんだ。それで、雪花はモーターをフロントに置く四駆シャシーを使用しているって話なんだ。フロント・モーターで、四輪駆動なんだよ。つまり、新宿ブラックとおんなじシャシーを使っているってことなんだ」


「おなじ四駆シャシー?」

 ぼくは初めて聞く言葉に目をぱちくりした。


「そう。四駆シャシー」中嶋くんは大きくうなずく。「でも、アヴェンタドールは本来はミッドシップの車だから、フロントにモーターを入れると、場所がなくて入らない。そこで、特別デザインのアヴェンタのボディーを、日本ランボルギーニ社が特別にミニ四輪用ボディーを制作して、タニヤの許可を得て雪花にプレゼントしたんだ。だから、あのボディーは特別製で、この世に一つしかない。あの膨らんだ空気取り入れ口の中にはモーターが入っているんだよ」

「へえ」

 ぼくは感心して、スタートラインに置かれた香田雪花の金色のランボルギーニを見た。

 その隣に、新宿ブラックが、白いランサー・エヴォリューションⅣを並べる。


「おれは通称新宿ブラック。黒崎剣だ。覚えておけ」

「あたしに勝ったら、覚えてあげなくもないわ」

 スカートの裾を翻して、雪花がコースから離れ、VRゴーグルを顔に掛けると、手にしたホイラーに指をかけた。

「てめえ、一生忘れられないような負け方させてやるぜ」

 新宿ブラックこと黒崎も、ゴーグルをかけてホイラーに指をかける。



「こっちで見ようよ」

 ぼくは素早く中嶋くんの手を引いて、サイクリング・コースの内側に走った。

 VRゴーグルを繋げてもらえないぼくたちは、少しでもレースを観戦しやすい場所に立つ必要があったのだ。



 スタートラインに、金色のアヴェンタドールと、ホワイトのエヴォⅣが並んでいる。


 2台内蔵のカメラに映る位置に立ったタケウチが、スマートフォンの画面を向けた。専用アプリのスターターが起動して、「ポーン!」という警告音とともに赤い丸が画面いっぱいに映る。つぎの「レディー!」の音声で黄色、そして最後の「ゴー!」で、2台が弾丸のようにスタートを切った。


 打ちだされたように飛び出した2台は、黒崎のエヴォが前。それに続いて雪花のアヴェンタドール。ぐいぐい加速するエヴォについていけない電光アヴェンタがわずかに距離をあけられた位置関係で、2台はおっそろしい程のスピードで最初の右コーナーに突っ込んだ。


「黒崎は違法モーターを使ってるぞ」

 中嶋くんの声がつぶやく。

「でも、雪花は純正品だ……。あれじゃあ、不利だよ」



 最初の直角コーナー。

 黒崎のエヴォが急減速して旋回する。遠心力で外に飛び出しそうな、おそろしいほどの急旋回。


 ついで、雪花の電光アヴェンタ。

 彼女の旋回は、まるでブーメランのようだった。空を切り裂く半月の刃。金色のアヴェンタドールは、車体を斜めにして直角コーナーを駆け抜ける。


「ドリフト?」

 ぼくは目を瞠る。ミニ四輪はもってないけど、レースゲームはよくやる。いま雪花のマシンは、あきらかに車体を斜めにしてコーナーを駆け抜けていた。

「すげー」

 となりで中嶋くんが呻く。

「雪花の四輪ドリフトだ。ユーチユーブで見たことある。オーバースピードで進入して、後輪を滑らせて車体の向きを変えるんだ。あんなに速い旋回は初めて見たよ」


 だが、それでも雪花のアヴェンタは黒崎のエヴォに追いつきはしたが、抜かしたわけではない。車間を詰められぬまま2台はつぎのコーナーへ飛び込み、2度目の四輪ドリフトで雪花は黒崎に追いつく。その差、約1台分。


 黒崎のエヴォを追って、雪花のアヴェンタがS字コーナーへ突っ込む。が……。


「うわっ」

 ぼくと中嶋くんは、ほぼ同時に叫んだ。


 先行する黒崎のエヴォは、S字コーナーに入らず、そのまま直進して悪路の上を突っ切り、そのままコースに復帰した。

 ずるい。S字をショートカットした。


 続く雪花のアヴェンタは、軽い減速からの、魔法のような高速コーナリングでS字を連続旋回して綺麗に抜けるが、その差は再び開く。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る