5 金色のマシン


「なんだ、てめえ」

 相手を脅しつけるように、新宿ブラックが前に一歩出る。が、

「お嬢様」

 すぐ脇に立った背の高い大人、黒い背広をびしっと着たVシネマに出てくるヤクザみたいな男の人に気づいて、ぎょっとしたように新宿ブラックが後ずさる。


「なぁに? 竹内タケウチ

 竹内力タケウチリキかっ!と一瞬思ったが、よく見たら別人だった。ちょっとリキっぽいタケウチが、『お嬢様』にそっと囁く。

「あまりお時間が……」

「すぐ終わらせるわ」


 答えたお嬢様は、つかつかと前に進み出ると、新宿ブラックに宣戦布告した。

「その勝負、あたしが受けるわ。負けた方がミニ四輪を差し出す。まさか、あんた、女相手に逃げたりしないわよね」

「おお。受けてもらおうじゃねえか。あとで泣き喚いても知らねえぞ」新宿ブラックはいやらしく笑って女の子を見下ろす。「おまえ、ミニ四輪なんか持っているのかよ」


 うなずいた女の子は、となりのタケウチを顎でしゃくる。

 小さくうなずいたタケウチは、手にした黒い布バッグを下ろし、ファスナーをあけて中からツールボックスとVRゴーグルを取り出し、女の子に渡す。

 受け取った女の子は、不敵に笑ってたずねる。

「ルールは?」

「ここのコース二周でどうだ? スタートとゴールの判定はアプリで、ラインはここの線を使おう」



 スマートフォンのアプリに、ミニ四輪のレース用のものがあり、スタートとゴールの判定やラップタイム計測をしてくれることは、ぼくも知っていた。女の子はタケウチを呼ぶと、彼にスマートフォンを待たせて審判に立てるようだ。


 新宿ブラックは不敵に笑うと、ツールボックスを開けて自分のマシンを出した。

 白いボディー。でっかいウイングがお尻についた、丸っこくて、すごく武骨なマシンだった。あちこちに赤い文字で英文のシールが貼られている。フロントには巨大な補助灯がクリアパーツではめ込まれ、バンパーの下に張り出したでっかいフロントスポイラーを飾っている。


「エヴォフォーだ」

 中嶋くんが、新宿ブラックに聞こえないよう、そっとぼくの耳元に囁いてくる。

「エヴォⅣ?」ぼくは首を傾げた。知らない車だ。

 中嶋くんは口を引き結んでうなずく。そして説明してくれた。


「三菱のランサー・エヴォリューション・タイプⅣ。ぼくらが生まれるまえの名車だよ。四輪駆動のターボ車で、一時期はラリーカーとして有名だったんだ。小型でパワーがあって四輪駆動だから、当時は公道では世界一速いと言われていたんだ」


「おまえらなぁ」新宿ブラックがエヴォⅣを掲げながら、こちらに自慢げな顔を向けてきた。中嶋くんの声がどうやら聞こえていたらしい。というより、耳を澄ませていたにちがいない。

「よく分かってない、おまえらみたいなガキどもに限って、カウンタックだのテスタロッサだのとスーパーカーを持ち出してくんだ。だがな、本当に速いミニ四輪ってのはこういう国産車のラリー仕様なんだよ」


「バカバカしいわ」

 後ろから女の子がよくと通る声で嘲笑った。


「ミニ四輪の車種なんて、カウルの形状だけでしょ。シャシーは共通じゃないの。性能的になんの違いもないわ。カウンタックだからって遅いことはないし、ランエボだからって速いこともない。所詮はドライバーの腕でしょ」

「言ったな、女。あとで吠え面かくなよ。おめえこそ、どんなマシンなんだ? ランボルギーニやフェラーリとかじゃないだろうなぁ」

「ランボルギーニで悪かったわね」肩をすくめた女の子は、ツールボックスから一台のマシンを取り出した。


 ぼくはその眩しさに思わず目を細める。

 彼女のマシンは、金色だった。ぴかぴかのメタリック塗装で、表面が鏡のように光を反射している。あまりに輝き過ぎて目が慣れるまでデザインが分からなかった。


 平べったいくさび形。

 曲線のない角張ったデザイン。

 後ろのタイヤの前に、ジェット戦闘機みたいな空気取り入れ口がぽっかり開いている。強烈なパワーをもって、空気を切り裂いて走るようなマシンは、まるで翼のない未来の戦闘機のようだった。


「アヴェンタドール!」中嶋くんが叫んだ。「しかもあれは、セッカ・アヴェンタだ! え? じゃあ、きみは前回のミニ四輪小学生大会で全国優勝した香田こうだ雪花せっか……、通称『電光』雪花か!」


「あら、知っているの?」『電光』雪花と呼ばれた女の子は涼しい顔で微笑むと、地面に金色のランボルギーニ・アヴェンタドールを置いた。「あたしも有名になったものね」


「くそっ」ちいさい声で新宿ブラックが毒づく。「『電光』雪花だとぉ」

「怖いなら、この試合、やめてもいいのよ?」立ち上がった雪花は、上品に笑う。「でも、あなたのマシンは頂くけど」


「ふん、ふざけんな。なにが『電光』雪花だ! なにが全国大会優勝だ!」新宿ブラックはぶち切れて言い放った。「ここはサーキットじゃねえぜ。おまえらレーサーのお上品な走りが通用するステージとはちがうんだ。やってやるよ、言っとくが、こっちは悪路に最強の四輪駆動、フロント・モーターの組み合わせだ。かっこつけのミッドシップなんかより、公道ストリートじゃあこっちの方が速いんだ」


 それに対して雪花は冷たく微笑んだだけだった。

 だまって腰を下ろすと、金色のアヴェンタドールをスタートラインに置いて、タケウチから操縦装置を受け取る。大型の逆L時ホイラー。形は普通だが、マシンと同じフレームがメタルゴールドに塗装されていた。


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