4 新宿ブラック


 周りの景色がびゅんびゅん後ろへ飛んでいき、怖くて横を見られない。目が真正面に吸い込まれていくようだ。思わず体にちからが入ってしまう。

 すぐに前方からカーブが迫ってくる。あれはたしか、スタート直後の直角に曲がる場所。

 うわっ、と思ったら、中嶋くんの操縦でカウンタックはぐうっと減速して、ぐいーんとカーブを曲がる。タイヤがぎゃぎゃぎゃーっと音を出しているのが聞こえて来そうな迫力ある曲がり方だった。


「すげーっ」

 ぼくは思わず叫ぶ。

 すげーっ。ミニ四輪、すげーっ!


 カーブを曲がり切ると、ふたたび最高速まで加速し、次のカーブへ。

 そこも、ぎゃぎゃぎゃーっと曲がって、その先は──。


 S字コーナー!


 S字を描いて、半円形に、右、左と曲がっている場所だ。


 中嶋くんが、カウンタックを操って、ずずっとスピードを落とし、ひゅるる、ひゅるるっとゆっくり曲がっていく。

「こういうところはさ」中嶋くんの声が聞こえる。「スピードが出せないから、ゆっくり走った方がコースアウトしなくて、結果的に速いんだ。実際のレース場でも、車のスピードを落とさせるために、『シケイン』っていうのがあって、減速させるためにきついコーナーをわざと作ったりもするんだよ」


 『シケイン』を抜けたら、中嶋くんはふたたびアクセル全開にする。

「凄い加速だね!」

 ぼくが思わず声をあげると、中嶋くんがこたえる。

「これでも抑えてるんだ。全開にすると、つぎのが間に合わないから」


 コーナーでブレーキング! なんか格好いい言い方だ。

 ぼくはカウンタックの行く手に目をこらした。


「おい、おまえら、なにやってんだよ!」


 ふいに大声で言われて、ぼくと中嶋くんは、ゴーグルを外してびくっと背筋を伸ばした。


 すぐそばに身体のおっきい中学生がいて、ぼくたちを睨みつけている。黒い制服、短い髪。ちょっと、……いやかなり、不良っぽかった。

 だが、その首にはVRゴーグルがかけられ、手にはミニ四輪のツールボックスが下げられている。



「おい、おまえら、誰の許可をとって、ここでミニ四輪走らせてんだよ」

 中学生はぼくたちを見下ろしながら睨みつけてくる。

 中嶋くんはしゅんとなってうつむく。が、ぼくはカチンときて、言い返した。

「公園でミニ四輪走らせるのに、許可は要らないはずです」

「なんだと?」

 激怒した中学生が一歩踏み出し、腕を伸ばしてきた。


 ぼくは、ぱっと後ろにさがって、手にしたVRゴーグルを掲げる。

「ミニ四輪のVRカメラで録画しているぞ。いいのか!」

 本当は録画はしてないんだけど、ピクリと動きを止めた中学生は、憎々し気にぼくを睨んでくる。

「てめえ」


「デンドーくん、もう帰ろうよ」

 中嶋くんが小さい声で囁いてくる。

 が、ぼくはぐっと拳を握りしめて、歯をくいしばった。

「ぼくたちは何も悪い事してないじゃないか。公園でミニ四輪走らせて、なにがいけないんだ」

「やめようよ」中嶋くんが囁くような泣き声をあげる。「こいつ、近頃この辺りを荒らしている、新宿ブラックだよ。相手が悪いよ」


 え?と思って、中嶋くんの顔を見た。

 彼の表情は引き攣っており、いまにも泣き出しそう。そして、新宿ブラックって、一体なんだ? ぼくは相手の中学生に目を戻す。

 相手は、にやにやとこちらを見下ろしていた。


「おれのことを知っているんなら、話が速いな。じゃあ、おれと勝負しようぜ。負けた方がミニ四輪を差し出す。いいな!」

「えっ!」


 びっくりして、ぼくは中嶋くんを振り返る。彼は、やだやだと小さく首を振っているが、ぼくに言われても困る。慌てて中学生に顔をもどすが、相手は「逃がさねえぞ」とばかりに上から見下ろしてきていた。

「でも」

 ぼくも泣きそうになりながら、なんとか言い返そうとする。


 あのミニ四輪はぼくのじゃないし、そもそもぼくのだったとしたら、なお嫌だ。

「でも……」

 それ以上、言葉がでてこない。

「ありゃ、カウンタックか? ありがちなマシンでつまんねえが、それでもないよりはましだ。ばっちり勝って、おまえらのカウンタック、ゲットさせてもらうぜ」

 新宿ブラックは、にやにやと笑った。



「面白そうね」

 ふいに横から声が掛かった。

 え?と振り向くと、そこには白いレース柄のワンピースを着た、ぼくたちと同じくらいの年齢の女の子が立っていた。頭には赤いカチューシャ。足には黒い、パチンととめる革靴。靴下は白いひらひら。


 ぼくより少し背の高いその女の子は、偉そうに腕組みして、肩はばに足をひらいて、中学生の新宿ブラックを見上げていた。

 片方の口元をくいっと吊り上げて、自信満々である。


「面白そうって言ってんのよ」

 女の子はもういちど言って、にやりと笑った。


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