第16話 VS伊勢谷くん
コーナーを立ち上がり、全開。
が、つぎのコーナーまでの直線に、何台ものマシンがひしめいている。
連続するコーナーで減速を余儀なくされたドライバーたちのマシンだ。
ぼくは前を走る集団に追いつくと、ちらりとつぎの標識を確認。
直角S字。チャンスだ。
前を走る5台がいっせいにアウトへ寄る。まるでアヒルの集団だ。
ぼくはかまわずインにつく。
ひとつめ、左コーナー。
アウトの5台がいっせいにブレーキング。さすがに上手い。
5台とも、コーナー手前できっちり車速を落としている。
が、ぼくは全然ちがうラインで、彼らと同じくらいのブレーキング。
ただし減速はこちらの方が上。
エリーゼは車重が軽いし、後輪はモーター・ブレーキが効く。MRのためスタビリティーも高い。
いっきに減速。そこから無理なく右旋回を開始する。
アウトに寄った5台は、外側からぼくのいるインに押し寄せてくる。が、ぼくはそのときすでにイン側の壁ギリギリにいて、エリーゼのノーズはすでに右を向いている。
すなわち、つぎの右コーナーの旋回体勢に、すでに入っているのだ。
ぼくはイン側に寄るのに必死な5台の間をすり抜け、右の壁すなわちクリッピング・ポイントへ向けて一直線。コーナー前半ですでに立ち上がり加速を開始している。
だが、最初のコーナーをアウト・イン・アウトで攻め込んだ5台はどうだ?
最初のコーナーを攻めてしまったがために、つぎのコーナーの旋回が間に合わない。
一生懸命ブレーキングしてふたつめの直角コーナーを抜けようと悪戦苦闘している。
が、ぼくは最初のコーナーを捨てていた。
あそこを早く抜けても、なんの得もない。
逆に、わざとゆっくり抜けることにより、つぎのコーナーで道幅をワイドにつかって、コーナー前半から立ち上がり加速を開始することが出来るのだ。
普通にブレーキングすれば、ぼくが速い。普通に旋回してもぼくが速い。
そこへもってきて、明らかに速いライン取りでぼくはS字を抜けた。
結果としてふたつ目のコーナーを立ち上がったとき、ぼくは5台のマシンをブチ抜き、そのあとの直線の加速で彼らを大きく引き離す。
そして、その差は走れば走るほど大きくなる。
なぜなら、コーナーの脱出速度がちがうからだ。
直線での加速も、トップスピードも関係ない。コーナーワークが優れていれば、そっちの方が速いのだ。
つぎの直線で、さらに前の車に追いつく。
大型のボディーに、ハイパワー・モーター。フロント・モーターで、後輪駆動。
コントロールしやすく、レースにはいちばん有利といわれているFRシャシー。
でっかいケツは、旧型のトヨタ・スープラA80。白いボディーに「サギ高レース 2位」のステッカーが貼られていた。
まちがいない。同じクラスの伊勢谷くんのマシンだ。
大きなボディーにハイパワー・モーターは強力だけど、このコーナーの多いステージではそのパワーを生かせていない。
ぼくはあっという間に伊勢谷くんのケツに喰いついた。
大きな丸いテールが、まるで動揺したようにかすかに揺れる。向こうもぼくが来たことに気づいたらしい。
勝負だ、とばかりにつぎのコーナーへ向けて加速する。
標識では、右の直角コーナー。だが、ここは左コーナーが多いゾーン。ぼくは勝負を見送り、つぎの右コーナーを攻めない。
いっぽう、すっかりテンションを上げた伊勢谷くんは最小のブレーキングからリアを滑らせての軽いドリフト。
車体を斜めにして、カウンター・ステアをあてながら、豪快に旋回してゆく。見事なコントロール。だけど……。
わざと攻めないぼくのラインは、アウト・イン・アウトを取る伊勢谷くんのラインと全然違う。
ぼくは大きく減速して伊勢谷くんに遅れたが、伊勢君は後輪をドリフトさせて大きく失速している。
ぼくはがっちりグリップで抜け、立ち上がりで右側の壁にはりつき、そこから予想通り前方に出現した左コーナーへの体勢を作っている。
ぼくにアウト側を奪われた伊勢谷くんはフルスロットルで立ち上がるが、ドリフトしたマシンを立ち上がらせるのにもたつき、加速が遅れる。
綺麗にたちあがるぼくから、大きく引き離される。
行ける! 確信した。
ぼくはアウトから、ノーブレーキで旋回に入る。エリーゼが剃刀のような切れ味で、綺麗にコーナリングする。
まるで直線を走っているかのように、気持ちよく滑らかな円を描いて直角コーナーを抜けた。
立ち上がり、フル加速。ちらりとバックミラーを確認するが、伊勢谷くんはついてこれない。
よし、つぎだ。
ぼくは前方に意識を集中した。
『……さあ、先頭集団はすでに「スプラッシュ・キャニオン」に突入したぞ。ここからは、さらにヘビーなコースになる。ドライバーの諸君、心して掛かれよ』
ふいに場内アナウンスの声が耳に飛び込んできた。
実況放送はレース開始時からしていたのだが、これまで集中していたので、全然聞いていなかった。
だが、先頭集団がいま『スプラッシュ・キャニオン』に入ったのなら、そんなに離れていない。
すぐに追いつける。
が、ぼくの順位がいま33位だから、このさきに30台以上のマシンがひしめいていることになる。
『現在の1位は金色のアヴェンタドール、前回全国大会優勝者香田雪花選手。小学5年生の女の子だ。そしてつづく2位は、青いスバル・インプレッサ。全国大会2位の西川口啓介選手。つづく第3位はイエローのRX
現在の1位は、雪花の電光アヴェンタ。かなりのハイペースで飛ばしているはず。
この位置から果たして追いつけるだろうか?
そんなことを一瞬考えたが、いまは目の前の敵を追い抜くこと。とにかく集中だ。
コースの脇の標識に、「まもなくスプラッシュ・キャニオン」の表示が出る。
つぎの右コーナーを抜け、短い直線のあと、ふいに上りのスロープが現れた。
ぼくのマシーンは勢いよく接合部を乗り越えて、急坂を上り切る。
アトラクションのプラット・ホームに敷かれたプラ板のコース。そこからいっきに駆け下り、水路のわきに敷かれたコースへ。
左右に光ファイバーのケーブルが、ガードレール代わりに敷かれているのは、さっきと同じ。
『スプラッシュ・キャニオン』は、水路の上を走るアトラクションだ。水が流れるコースを、イカダ状のゴンドラに乗って遊覧し、ラストは激しい落下。そのときに浴びる大量の水しぶきが大人気。
その水路の脇に、ミニ四輪のコースが設置されている。
ランプを下り、薄暗い水路脇のコースに降りたぼくは、「うわっ」と悲鳴をあげた。
ファイバーの青い光に照らされた白いコースには、まるで岩砂漠のようだった。
一瞬岩と見えた水滴が、びっしりと敷き詰められていたからだ。
「これ、走れるの!?」
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