第17話 滑る路面


「これ、走れるの!?」

 でも、すぐに走れるはずだと気づく。


 なにしろ、トップ集団はここをすでに抜けていっているはずだからだ。


 ぼくは躊躇なく、水滴びっしりの路面にとびこんだ。


「デンドー、路面の状態が悪い。無理せずにいけ」


 管理人さんのアドバイスに、

「はい」

 と答えるものの、すでにレースは中盤。もし優勝を狙うつもりなら、このあたりで先頭集団に追いつきたい。


 路面状態が悪く、コーナーも多いこのステージ。MRでスタビリティーが高く、小型軽量のエリーゼには有利なコースなのだ。


 攻めるなら、ここしかない。

 ぼくはアクセルを全開にする。


 だが、なにか変だ。まるでエリーゼの車体が宙に浮いているような変な感覚がある。ふわふわしていて、妙に軽い。


 なんかおかしい。これは、やばい。


 ぼくはトリガーをリリースし、モーターブレーキをかける。が、思ったように減速しない。

 滑っている。タイヤが滑っているだ。


 ──ということは。

 ぼくはじわりとステアリングを切り、車線変更を試みる。


 エリーゼはぼくの操作に反応して右に寄るが、反応はにぶい。


「やっぱそういうことか」


 となったら、ブレーキも試す必要がある。

 ぼくは軽くトリガーを引いて、ブレーキをテストした。


 いつもあるフロントの沈み込みが見られず、減速もせず、いきなりフロントが横に流れた。


「わっ」

 ビビッて、ブレーキをリリースし、カウンター・ステアを反射的に切って、マシンを安定させる。


 これはあれだ。

 レースゲームによくにある、雪道の感覚。


 いつものつもりで走ればあっという間にスピンする。


 そう気づいた瞬間、前方で団子状に折り重なってクラッシュしている一団を発見。


 後ろを向いたり、横を向いたりしているマシンが、コーナーのアウト側の壁につっかかって10台近くが走行不能になっている。


 ぼくはアクセルを抜き、つぎつぎとシフト・ダウン。


 4速から2速へ落とし、さらにブレーキをきゅっきゅっと、タイヤがロックしないように効かせて減速すると、多重衝突しているマシンの集団を回避し、ゆっくり確実にその場をクリアした。


 おそらくあの集団は自力でレース復帰は難しいから、運営の人が走ってきて、絡まったマシンをもとに戻さないとならない。

 でも、ここまで運営の人が走ってくるのには、かなりの時間がかかるはず。


「バックギア・システムをつけていない車が引っ掛かってるんだ。ああなったら、アウトだ」


 ぼくはつぶやきつつ、つぎの直線を加速。

 すると管理人さんの笑い声。


「ああなったらアウトだっちゅう割には、思いっきりのいいアクセルの踏みっぷりだな」


「ええ」ぼくもちょっと笑って答える。「だって、チャンスですから」


 薄暗いコース。足元から照らすファイバー。

 周囲にそびえる巨大なアニメ・キャラクターたちは、まるで古代の神像のようだ。


 コースは大河の脇を走るワインディング。ゆるやかなカープを描いて走っている。


 『スプラッシュ・キャニオン』のゴンドラは、水に浮くボートの形式だから、急コーナーはない。水流だから、上りもない。


 ぼくは最初の緩やかなカーブに八割程度のスピードで飛び込んだ。


 タイヤがたちまちのうちに滑り出し、ひやっとしたが、まったくコントロールできないわけでもない。

 だだ、ステアリングとアクセルの反応がにぶいだけだ。


「いける」

 ぼくは大きく舵角をとって車体を横にし、ラリーみたいな四輪ドリフトに入った。


 良かった、ドリフトの練習をしておいて。

 前回のサギ高レース、そして、そのあともMRでは難しいドリフトの練習をかなり積んでいたのだ。

 それがこんな場面で役に立った。


 濡れた路面は滑る。どこでいきなスピンしだすか分からない。


 だったらもう、タイヤが滑る前提で、ドリフト侵入が安全だ。

 最初から四輪全部滑らせて、そのうえでコントロールした方がリスクは低い。


「あはははは、デンドー、上手いな。特訓の成果が出ているよ」

 管理人さんが笑う。


 が、じつはぼくは冷や冷やもの。

 いきなり滑るよりは、最初から滑らせてコーナー進入が安全だとは思うんだけれど、それは正しいはずだけれど、それでもラリーカーみたいにカーブで車体を横向きにして走らせることは、細心の注意と集中力をつかうんだ。


 ぼくは息をつまらせながらコーナーをクリア。

 直線にでて、ほっと息をつきつつも、フルスロットル。

 車体の左右から水しぶきを蹴立てて爆走する。


 ええい、もうこうなったらヤケだ。

 ぼくはつぎのコーナーも躊躇なく車体を横向きにして突っ込んだ。


 急コーナーのない『スプラッシュ・キャニオン』内。すべてが高速コーナーになる。


 水しぶきをあげて、コーナーをドリフト旋回していると、行く手に何台かのマシンの影が見えた。

 追いついたようだ。つぎの獲物に。

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