第18話 とっ散らかる


 ぼくはアクセル全開で最後尾のマシンに喰いつく。


 速い人たちだ。

 でも、あきらかに速度をおさえて安全に走行している。

 マシン・スペックが高いからこのリスクの高いステージでは無理をしない戦略だろう。


 が、こちらにそんな余裕はない。できることならこの、『スプラッシュ・キャニオン』で先頭集団に追いつきたいのだ。


 最後尾はポルシェ・カイエン。

 4WD。フロント・モーター、四駆の大型シャシー。

 このマシンでレースに出てくるセンスが凄い。


 サスの沈みと大型ホイールから、車重がかなりありそう。事実、コーナー手前での減速が手堅い。


 ぼくは水しぶきをさけてカイエンの真後ろから外れ、一枚イン側のラインで進入。

 思い切りよく四輪ドリフトでコーナーへ飛び込む。


 ぼくの斜め前で旋回に入るカイエン。水しぶきをあげながら、四つのタイヤが路面に噛みつく。


 タイヤが滑っているのに、ものともせずに四輪とも回転している。力任せのトラクションで強引に旋回していく。

 まるで戦車だ。


 これが4WDのドリフトか!

 ぼくは滑らかにエリーゼをドリフトさせながら、スピンするぎりぎりのゾーンでコントロールしているが、カイエンはそんな細かいコントロールはなし。


 まるで戦車のように水しぶきを上げて車体を横にしながら、豪快にコーナリングしてゆく。


 しかも、その状態で加速している。

 くそっ速い。


「デンドー、焦るな」

 管理人さんが静かにアドバイスする。

「駆動方式が違う。このシチュエーションでは、四駆には勝てない。ここはチャンスを待て」


 分かってる。分かってるけど、悔しい。


 カイエンが前に出る。

 そのさきでは、さらに速いコーナリングで旋回するマシンの姿がある。


 巨大なボディに、独特の円形テールランプは、スカイラインGTーR。

 34型みたいだ。あれも四駆。


 2台の4WDが、さらに前方の青いマシンを押しのけるように前に出る。


 青いマシンは、小型。GTウイングがついている。

 FRだろうか? 暗くてよく見えない。その青いマシンが、2台の四駆に弾き飛ばされた。


 ミニ四輪の大会では、悪質な走路妨害は失格になるが、ラインの奪い合いでの接触は普通のことと認められている。


 四駆のスタビリティーと車重に弾き飛ばされた小型FRマシンは、あざやかに体勢を整えると、ドリフト状態を維持。

 そのまま2台の四駆の追撃に入った。


 やるな。うまい。

 青いマシンがぼくの斜め前にポジショニング。

 ホンダS2000。フロント・ミッドシップのFR。小型軽量だが、ノーズがながい独特のスタイル。


 S2000は、きれいに立ち上がると、先行する四駆軍団を追い始める。


 うまい。ぼくは直感した。

 コーナーを立ち上がる、あの言葉にしづらい独特の雰囲気。このマシンは、絶対に速い。


 直線でも34Rとカイエンの加速はすさまじい。

 四輪の駆動力でぐいぐい加速していく。


 ぼくとS2000が必死においかける展開。

 じりじりと引き離される。


 ついで左コーナー

 ゆるやかな左。高速コーナー。34Rが先陣をきって突入し、カイエンが続く。

 が、旋回がにぶい。急に失速した感じ。


 たちまちのうちに喰いつくS2000。つづくぼくのエリーゼ。


「4WDにも弱点はある。それは曲がりにくいことだ」


 ぼくと同じ映像を共有しているカメ先輩が教えてくれる。


「実車ではそのために、サイドブレーキをつかったり、フェイントモーションって技術を使うんだが、あいつらはまだそこまでは行っていないようだな」

 管理人さんがぼそりとつぶやく。

「大したドライバーじゃない。四駆の性能にあぐらかいているだけの奴らだ。ここは無理せず、つぎのステージでぶち抜け、デンドー」


 とは言われたけれど、相手は高速コーナーで失速している。


 無理せずとも奴らのテールは近づいて来ている。前を走るS2000もおなじ気持ちのよう。


 ぼくらは滑るようにインにつくと、旋回に四苦八苦している四駆たちの内側に入り込んだ。


 だが、コーナー終了。34Rとカイエンがトラクション任せの加速でふたたびぼくらを引き離す。


 直線での加速。やはり四駆が強い。

 こちらもアクセルを開けるが、後輪のすべる感覚がある。これ以上はいけない。

 じりじりと引き離される。


 そして、前方から迫るコーナー。S字!


 『スプラッシュ・キャニオン』のコースから離れて、広いスペースに設けられたシケインだ。


 マシンを減速させるための低速S字コーナー。そして、そこで何台ものマシンがコースアウトしており、いまもオフィシャルの人たちが転倒したマシンを回収している。



 ぼくはかなり手前でシフトダウン。アクセル・トリガーを抜くと、ギアのグリスでマシンの速度が落ちる。


 さらに、タイヤをロックさせないようにブレーキング。

 集団から大きく遅れるが、あそこであれだれの数のマシンがクラッシュしているということは、あのS字は要注意ということだ。


 前を走るS2000もブレーキング。遅れてカイエンと34Rもブレーキを掛けたようだ。


 そして、その瞬間、いきなり先頭のカイエンが、爆ぜた。


 目に見えない障害物に当たったかのように、いきなりスピンしたのだ。


 路面が荒れている。水とホコリ、クラッシュしたマシンの破片が散らばり、ブレーキングによってタイヤのグリップがいきなりなくなったのだ。


 スピンしたカイエンに激突され、34Rがいきなりコース外に撥ね飛ばされ、水路に落ちる。


 跳ね返ったカイエンは反対側へコースアウト。大きく体勢を崩したS2000はハーフスピンして停止する。


 ギリギリ限界まで減速したぼくは、その事故現場の間をなんとか無事にすり抜ける。


「あっぶねえなー」

 管理人さんのほっとした声が響く。


「デンドー、よく減速が間に合ったな」

 カメ先輩もホッとした様子。


「先輩の工夫のおかげですよ。ギアにグリスを塗るアイディアで、エンジンブレーキがかかるから、安定して減速できます。これがブレーキだけだったら、ぼくもスピンしていたかも知れません」


 安心してアクセルを開けると、いきなりエリーゼのテールが流れた。


 ぼくは慌ててカウンター・ステア。

 こんどは逆方向に流れるテールに、半分だけカウンターをあててマシンを安定させる。

 ここで思いっきりカウンターを当ててしまうと、今度はマシンが反対側へスピンしだすのだ。


 このグリップの悪い路面で暴れるマシンを安定させるテクニックも、管理人さんに教わったものだ。


『振りっ返しのカウンターは半分にしろ。最低でもこれを知らないと、MRは乗りこなせねえ』


 口で教えられただけで、練習したわけではないけれど、それでも役に立った。


 そして、直線。視界が開ける。淡い光におぼろげに見える行く手にあるのは……。


「上り坂? そんなもの、あるの?」





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