第15話 ピットイン


 前を走るのはトヨタ・スープラRZ。FRの大型モーターマシン。


 スープラのボディーを選ぶドライバーならきっと、高速セッティングのギアセットを組んでいるはず。だとすると、このまま直線コースを走り続ければ、いずれぼくはあいつについていけなくなる。


 ぼくのエリーゼがいまスープラより速い速度で走っている理由はふたつ。


 ひとつは前のコーナーでの旋回速度が高かったこと。


 もうひとつは、コーナーの脱出速度だ。


 公園での特訓で、ぼくは管理人さんに教えられたのだ。


「なあ、デンドー。エリーゼは直線が遅いとお前は思っているだろうが、そうとは言い切れないぜ。直線コースでのトップスピードは、その手前のコーナーの立ち上がりで大きく変わる。コーナーを立ち上がる速度が1キロ速ければ、そのあとの直線での到達速度は10キロちがうことなんてザラだ。たしかに延々直線がつづけば、やがて両車は最高速度に達してエリーゼは引き離されるかもしれないが、そんなに長い直線があるコースなんて、まずないからな」


 だが、あった。


 都大会のレース会場は、なんと東京ディズミーランド。えらく長い直線が、あちこちにある。


 ぼくは5速フルスロットルでトリガーを引きながら、速度メーターをちらりと確認。


 スケール・スピードは250からじりじりと上がっている。


 エリーゼのトップスピードは350キロ。そこに到達する前に、前を走るスープラのケツにつかないと、おそらく400キロを超えるはずのスープラに引き離されてしまう。


 こちらのスピードもじわじわ上がっているんだけど、相手の加速力はもの凄い。

 ハイパワー・モーターと新型の軽量ボディー、最高速セッティングに調整されたギアが生み出す速度は怪物クラス。


 それでも、ぼくはじりじりとスープラに迫る。


 そのぼくに追い越されまいと、スープラはコースの真ん中をふさぐように走る。だが、ぼくの目的はスープラを追い越すことではない。ケツに喰いつくことが目的なのだ。


 速度計が330キロを表示する。まだスープラのテールは遠い。


 ダメか? あきらめかけたとき、エリーゼのボディーがかすかに震え、じりじりと加速を始めた。


 入った。スリップ・ストリームだ。


 速度計の表示が350キロを超え、そのままさらに加速してゆく。これはすでにエリーゼが単独で出せるトップスピードを凌駕している。


 そこからはぐいぐいと加速してゆく、見るみる前を走るスープラのテールが近づいてくる。


 ぼくはぴたりと張りついた位置で、アクセルをゆるめた。そうしないと追突してしまうから。


 そして、アクセルをゆるめるということは、こちらのモーターにはまだ余力があるということだし、バッテリー消費も抑えられるということだ。


 ぼくはスープラRZに引っ張ってもらいながら、直線コースをぶっ飛ばす。ホーム・ストレートに飛び込み、ピットレーンへ。


 スープラはピットインしない。おそらく2回目のピット・チャンスにバッテリー交換する作戦なのだろう。


 だが、ぼくのチームは2回あるチャンスのうち、2回ともバッテリー交換をすることに決めていたのだ。


 ぼくはゴーグルを顔からすっ飛ばすと、目視で走らせてきたエリーゼをピットのまえで素手でキャッチし、そのまますくい上げてボンネットを開く。


 古いバッテリーを抜き、ナンバー2と書かれたバッテリーを挿入。すばやく四輪の様子を確認し、フロントガラスをさっとぬぐい、タイヤをふっと吹いて電源オン。


 その気配を察知した隣のキャバお姉さんが「え、ロータスくん、もうピットインしてるの?」と驚いている。


 ぼくは「お先にー」とちょっとからかうような声をかけて、エリーゼをコースに置くと、再スタート。


 ピットスタートにはコツがあって、それはピットインの前後は目視操縦すること。ゴーグル視点で走らせると、他車に激突することがある。


 ぼくはエリーゼを走らせながら、椅子に戻り、ゴーグル・オン。そこから再びフルスロットルでギアをつぎつぎと上げていく。


 さっきのスープラはもういない。ぼくがホーム・ストレートにもどると、別のコースから出てきたコルベット・スティングレーが猛烈に追いついてくる。


 ぼくが素直に道をゆずると、スティングレーは当然だとばかりに前に出ていくのだが、そのテールにぼくはぴったりと張りつく。


 いかにも速そうなコルベット・スティングレーさん。ありがとうございます。つぎのステージ、『スプラッシュ・キャニオン』まで引っ張ってもらいます。


 ぼくに張りつかれたコルベットは、いらついたようにぼくのことを引き離そうとするが、それは無駄な努力。

 必死にアクセルを開くコルベットに張りついて、ぼくは390キロで直線をぶっ飛ばす。途中、何台ものマシンを追い抜いた。


 順位は40位まで上がっている。


 が、そんなに順位が上がるほど、追い抜いた記憶はない。ぼくが不思議に思っているとカメ先輩がつぶやく。


「ずいぶん順位が上がっているな。これは相当、このさきのコースでクラッシュ・リタイアしているマシンがいるってことだ。デンドー、注意しろよ」


「はい」


 ぼくはコルベットに張りつきながらも、そのさきのコーナーを見据える。


 標識では単一のコーナー。


 ただし、ランド内を走るコースはまっすぐ『スプラッシュ・キャニオン』にはいけない。このあと左コーナーが連続するゾーンにさしかかるはずだ。


 つぎの左コーナーで、仕掛けよう。


 ほくはめいっぱい右に寄るコルベットについて右に寄りながら、車幅1台分インに外す。前車のスリップ・ストリームから抜け、強烈な空気抵抗がぼくのエリーゼを失速させるが、コーナーが近いから、それは好都合。ここからはブレーキング競争。


 コルベットのドライバーはブレーキを遅らせて、ぼくを引き離す。ぼくは車幅1台分インのラインだから苦しいはずだけど、まったく負ける気がしない。


 相手より早くシフトダウン。モーター・ブレーキを利かせ、フロントが沈むタイミングでブレーキング。ぎゅっとエリーゼが前にのめり、そこでブレーキ・リリース。ほくは旋回に入る。

 電光のように素早く、ただし一定のリズムでステアリングを切る。


 ブレーキを遅らせたコルベットが前。外からのラインでぼくにかぶせてくるが、おそらくその速度では曲がれない。


 コルベットはアウトに膨らみながら、それでもブレーキをリリースしない。いや、できない。


 ぼくのエリーゼは、綺麗に弧を描き、コーナーのインに張りつく。曲がり切れないコルベットより、遥かに速いスピードでコーナーをクリアし、そのまま全開で立ち上がる。


 あっという間にコルベット・スティングレーを抜き去ったぼくは、そのまま立ち上がりでぶっちぎる。


 順位がひとつ上がった。39位だ。


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