第14話 わざと攻めるな
空を飛ぶエリーゼ。
ボンネットの向こうに、やがてコースが見えてきて、大きくジャンプしたマシンが落下していることが分かる。
線路の中を走るプラ板のコース。その上にひゅーんと落ちたエリーゼは、サスペンションを一度おもいっきり沈み込ませ、そこから跳ね返って車体を上にバウンドさせた。そしてやっと安定した。
「くっ」
ぼくは斜めに落ちてスピンしかけるマシンを、すばやくステアリングを合わせてタイヤのグリップを回復させる。
そこからは猛烈な直線。
急傾斜が生み出す強烈な重力加速度が、マシンを地の底へと引きずり込む。
が、すぐに前方から迫る落下の終了。ドロップエンド。急激に上へむかってカーブしているコース。
『センター・オブ・ザ・マーズ』のラスト・ドロップは、落下の後にちょっとした上昇がおまけでついている。
「デンドー、ブレーキングだ」
管理人さんの冷静な声。
ぼくははっと我に返り、ブレーキ・トリガーを引く。
親指でシフト・レバーをカチカチと操作してシフトダウンを繰り返し、中指でブレーキ・トリガーをじわりと引く。
下り坂では前輪のブレーキはよく効く。効きすぎて後輪が止まらず、マシンのケツがまえに出てスピンを始めるジャックナイフという現象が起こる。
そのため、後輪はシフト・ダウン、アクセル・オフによるモーター・ブレーキ。
前輪はトリガーによる、タイやロックぎりぎりのハードなブレーキング。
親指でシフトを落としながら、中指でソフトタッチのブレーキを掛けるのは、慣れないと頭がこんがらかって難しい。
でもぼくはこれを毎日練習してきたんだ!
フロントを沈み込ませて、ぎゅーっと減速したエリーゼは、ラストの急坂をいっきに上り切り、ただしオーバースピードを避けて最小のジャンプで平地コースへと飛び込んだ。
最後の上りの先に続くコースは、すぐに左コーナー。
もしここにオーバースピードでジャンプして飛び込んでいたら、クラッシュ必至だった。
事実何台ものマシンがコースアウトし、中には自走不可能なマシンもある。
が、ここはアミューズメントの線路の中。マシン回収もできずに、止まってしまったマシンは放置されている。
「よし、第一ステージ、クリアだ」
管理人さんの声。
ぼくはすぐにレースに集中する。
クラッシュしたマシンをよけてつぎのストレートに飛び込む。
コースは線路の下を抜けて、アミューズメントの外へ。
ディズミー・シーからふたたびディズミー・ランドへともどる直線コース。
ぼくは再び青空の下にえんえんとつづく直線コースに飛び出した。
たしかこのコースは来るときのコースと隣接しているはず。だから、途中に直角S字がある。
よし、づきはあのS字で、アウト・イン・アウトのラインをとって高速で抜けてみよう。
これはつぎのステップだ。管理人さんに教えられた旋回。そして、管理人さんに教えてもらったライン取りの複合。
ぼくは五速全開で直線を疾走する。スケール・スピードは360キロ。順位は65位まで上がっている。
めいっぱいアウトの壁により、そこから旋回。
いままでの急旋回ではない。管理人さんに教えてもらった滑らかな旋回だ。ただし……。
海賊公園で管理人さんがコースに描いた線。それはちょうど道路のセンターラインのようにコースの真ん中を走っていた。管理人さんは、その線の上を走れとぼくに指示し、ぽくはその練習を積んだのだ。
「デンドー、おまえ、レース・ゲームとか、する?」
「はい、します」
「ふむ。レースゲームではだいたい、コーナーで急ハンドル切って、急旋回するよな。だが、実車の旋回の基本はちがう。一定の速度でステアリングを切り、一定の速度でもどす。急なコーナーでも、ステアリングを回す動作を速くするだけで、回し始めてから回しきるまでのスピードは一定だ。やってみろよ」
ぼくは管理人さんに教えられた通りのステアリングの切り方を練習した。
バッて素早く一気に切るのではない。一定の速度で切り、一定の速度でもどす。
それだけで、ぼくのエリーぜは滑らかに曲がるようになった。
なんというのかな? すうっと、抵抗なく、綺麗に曲がるようになったのだ。
そして、もうひとつ。
「デンドー、S字コーナーの抜け方にはコツがある。それは三連S字でも四連S字でも同じだが、大事なのは最後のコーナーのひとつ手前なんだ。つまり、S字ならひとつ目、三連S字ならふたつ目、四連S字なら三つ目。こいつがキモさ。最終コーナーのひとつ手前のコーナーをわざと攻めるな」
「はいぃ?」
初めて聞いたとき、ぼくは変な声を出してしまった。
最後からふたつめのコーナーを、わざと攻めないってどういうことだろう?
「理屈はいいんだよ。いいから、やってみろよ」
管理人さんは、にやりと笑った。
あのとき教えてもらったラインで、ぼくは直角S字に飛び込んだ。
いちばんアウトから、イン側へ中途半端に飛び込む。クリッピングポイントにわざとつかず、コースの中央あたりで、ステアリングを切り返す、一定のペースで。
そこからふたつ目の直角コーナー。
イン側の壁にはりついて、フルスロットル。
ひとつ目のコーナーをわざと攻めていない分、ふたつ目のコーナーでは速度が落ちる。
だが、それにより、ふたつ目のコーナーがゆるくなり、コーナーの脱出速度がめちゃくちゃ上がるのだ。
トリガーを目いっぱい引いて、コース幅を全部つかい、ぼくのエリーゼはツバメのように直角S字をすり抜けた。
「うん、いいラインだ。いよいよ封印を解く時がきたな」
管理人さんがなんか興奮した様子で告げる。
直線に飛び出すと5速フルスロットル。前方に見えた黒いマシンに猛然と襲い掛かった。
トヨタ・スープラRZ。実車だったら、きっとものすごく高くて、ものすごく速い車。
「このあとの直線は長い」
カメ先輩がアドバイスする。
「ここで相手がトップスピードに到達するまえに、ケツに喰いつけ」
言われるまでもない。こちらが相手より速度がある今のうちに、ぼくはあいつのスリップ・ストリームに入る必要があるからだ。
逃がすわけには行かない。
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