第13話 管理人さんに教えてもらったコーナリング
ディズミー・シーのアトラクション『センター・オブ・ザ・マーズ』の線路中央に設置されたコース。
都大会の今日もこのアトラクションは通常営業だから、四人乗りのゴンドラが線路上を走る。
ただし、その速度はミニ四輪の方が遥かに速い。
ぼくは冬空に輝く星々のように冷たい青い光を放つファイバー・ケーブルに照らされた下り坂を、フルスロットルで下る。
いまは直線のゆるやかな下り。そのさきでコースは左にカーブしているが、バンクになっていて、横Gはかからない。ぼくは猛烈な速度で横に傾いたコースを走る。
まるで屹立する壁のようなバンク。どっちが上で、どっちにカーブしているのかわからなくなる。猛烈な速度と相まって、くらくらと目が回りそうだ。
下りきって直線。
視界の先で、青いファイバーの線路が右に急旋回している。ものすごい角度のバンク。
「デンドー、5速フルスロットルで突っ込め。あの急バンクだと、速度がないと下に落ちるぞ」
「はい」
ぼくは管理人さんの指示通り、5速、トリガー全引きでバンクに飛び込む。
車体が傾いているが、カメラ視界だけのなので、わけが分からない。これはまるで、Gのかからない戦闘機の旋回だ。
どっちが上だか下だか全然分からない。
ここは地底を掘削した坑道の中。それがぱっと明るくなって、色とりどりの光を放つ水晶の結晶が剣山のように突き出した幻想世界へ。
さらなる急旋回。バンクなし。
ぼくは素早くブレーキの効きを試してかすかな減速。さらにステアリングを左右にふって、前輪の喰いつきを確かめる。
無理はしない。コースアウトしたら失格だ。
3速に落とし、モーター・ブレーキを効かせて旋回に入る。
問題なし。綺麗に弧を描くエリーゼ。ノーズも素直に中に入ってくれる。このグリップなら、まだまだ行ける。
コース、直線のゆるい下り。
真っ暗なトンネルを抜けて、今度は光を放つ巨大キノコの世界。怪物のようなキノコがかさを重ねて生い茂る不思議なステージ。
いっしゅん目を奪われるが、すぐに集中。目の隅で動くものがある。バックミラー。背後から迫ってくるマシンがいる。
赤い痛車とファイヤーレッドのイタリア車。キャバお姉さんのNSX、そしてさっきのフェラーリ。2台は傾斜のない直線で猛烈に追いついてくる。いったい何キロ出てるんだ。
あっという間に背後に喰いつかれた。2台のスーパーカーがストーカーとなってぼくの背後に張りつく。が、目の前にコーナー。おそらくは、直角コーナー。
面白い。管理人さんに教えてもらったコーナリングの力を試すのは、今だ!
ぼくはエリーゼをコース中央に寄せる。いっぽう背後の2台はアウト・イン・アウトのライン取りで、外側のケーブルに張りつく。
ぼくは5速から4速に落とし、ただしアクセルは緩めず、必殺の旋回に入った。
エリーゼが気持ちよく回る。嬉々として、美しい孤を描き、ワルツを踊るようにコーナーを回った。
直線。フルスロットル。5速にあげて、バックミラーを見る。
ついてこれない、後ろの2台。コーナーで大きく引き離され、しかも立ち上がりでさらに引き離されている。
「え!? なに? 何が起こったの?」
隣で叫ぶキャバお姉さんがうるさい。引き離したんだから、声も聞こえなくなればいいのに。
「いいね、デンドー。その旋回だ」
管理人さんから合格点をもらう。
「つぎからはもう、アウト・イン・アウトのライン取りの封印を解け。思いっきり高速で、コーナーに突っ込んで行け。路面の状態が良ければ、アレも遠慮なく使え」
「はい。そのつもりです」
つぎのコーナーが迫る。今度は左。またも直角。ぼくはアウトに目いっぱい寄ると、いっきに旋回に入る。エリーゼが心地よいくらいに滑らかにまわり、コーナーを駆け抜ける。
立ち上がりにミラーを確認するが、後続車の影は見えない。
短い直線。かすかに上り。おそらく最高速セッティングのギアだと、このかすかな上りでは速度が出ないはず。
ぼくは先日のカメ先輩の言葉を思い出す。
「東京ディズミーランドっていうから、大抵の人は直線が長いコースを想像するし、事実その通りなんだろうが、アミューズメント内を走るということは、あれらは基本ジェットコースターだから、上りと下りのミックスされたステージが多いはずだ。無理に高速セッティングにすると、上りのトラクションが足らなくて失速しちまう。モーターもバッテリーも、激しく消耗しちまうよ」
コースはまたも短いトンネルをくぐり、そのさきはおどろおどろしい鍾乳洞のステージ。
地底火山から溶岩が流れ、ガスが噴射され、地割れからは炎がぼうっ、ぼうっと上がっている。
周囲が炎で照らされ、前方を走る4人乗りの巨大なゴンドラが姿を現した。
アミューズメント内を走るゴンドラ。
それに乗る一般のお客さんが、後方から猛烈な速度で迫るぼくのミニ四輪に気づき、スマホのカメラを構えている。
ぼくはスマホのカメラ・フラッシュを警戒して、最高速まで加速。無責任なギャラリーのマナー違反な撮影を逃れて、あっという間にゴンドラの下を駆け抜けた。
巨大なゴンドラの下をくぐって、鈍重な人間どもの乗り物をあっという間に追い抜く。
つづく右コーナー。さらに右コーナー。
同じ方向への旋回がつづく。そろそろコースの頂点が近い。
ジェットコースターのお約束。ラストのド派手なドロップがこのさきに待っている。
「デンドー。ドロップ入口のジャンプに注意しろ」
カメ先輩が警告してくれたが、全然間に合わなかった。
いきなりなくなった線路とコース。そこに飛び込んだ瞬間、ぼくのエリーゼは勢いよく空に飛び出した。アミューズメント最高点。ラスト・ドロップの入口はトンネルの壁が取り払われている。
ぼくのエリーゼは空高く舞い上がり、周囲360度の視界に青空がひろがった。
「ひゃっほーっ!」
空に舞い上がって管理人さんが奇声を上げる。
「うわぁぁぁー」
ぼくは悲鳴を上げる。空を飛ぶエリーゼのノーズがさがり、猛烈な落下が襲ってきた。
「ふぎゃーーーー!」
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