第12話 地底ステージ!


「君、やるねえ!」

 すぐ近くで女の人の声がする。

 そして、思い出す。


 そうだ、このNSXのレーサーはぼくのすぐ隣にいるんだった。


 すっかりマシンに気を取られていたけど、たしか隣のピットにいたのは女の人。


 髪の毛を金髪に染めて、ド派手なメイクとカラコンいれた、キャバクラのお姉さんみたいな人だったはず。


 ゴーグルをしていて分からないけれど、たぶんその人が立ち上がり、ぽくへ声をかけたらしい。なんかどぎつい香水の匂いでくしゃみが出そうになる。


「うけるんだけど。君のおかげで、いまのクラッシュに巻き込まれずにすんだよ!」


「どういたしまして」

 いちおう言っておく。でも、レース中なんだからあまり話しかけないでほしい。


「真後ろに張りついていた君が、ふいに居なくなったから、こりゃなんかあるなって減速して正解。じゃ、ありがとねー」


 と、捨て台詞を残すと、ぼくの後方に張りついていたNSXがびゅーんと加速して抜いてゆく。

 あわててスリップ・ストリームに着こうとしたけれど、綺麗にかわされてしまう。


「ばいばーい」

 隣から声がする。とはいえ、キャバのお姉さん本人はぼくの隣にいる。たぶんレースが終わるまでずっと。


「くそっ」

 ちいさくつぶやきながら、5速へ。


 スケールスピードが350キロに達する。


 とにかく、前の集団においついてスリップ・ストリームを使わないと、どんどん順位が下がってしまう。あとバッテリー消費も大きい。


 しかし、スケールスピード350キロでも引き離されるって、みんなどれだけ出してるんだよ。


 新発売の5速ミッションは、歯車が5つあるため、いぜんの3速ミッションよりもトップスピードがあがる。


 また、5速それぞれのギアの歯車を変えられるので、より以上の高速セッティングをマシンに施すことが可能になった。


 都大会の会場がディズミーであるから、とうぜんストレートが長め。


 ほとんどのプレイヤーが高速セッティングのギア比で参戦してくるだろうという予想のもと、カメ先輩の出した結論は、「ノーマルのギア比のまま」、だった。


「直線は遅いが、モーター自体が小型だから無理にギアで引っ張っても限界がある。それより、コーナー立ち上がりの加速性や、上りと下りでの操作性を重視すると、研究され尽くして発売されたノーマル・ギア比が最良だろうな。しかも、ギアのつながりがいい」


 それに関しては管理人さんも賛成してくれてて、

「まあ、直線で遅いのは、他でカバーしようや」

 という意見だった。


「くっそー」

 ぼくは誰もいない直線道路を全開走行ながら、つぶやく。

「走るこっちの身にもなってくれよぉ」


 その声を聞いたらしい、隣のキャバクラお姉さんがあははははと笑う。

 だがぼくは、このあとすぐに先行集団へ追いついたのだった。



 コースの外に立てられた標識。

『もうすぐ「センター・オブ・ザ・マーズ」セクション』の文字。


 いよいよきた。

 そして、直角S字を意味する『クランク』の文字。


 ぼくはコーナーのアウトに寄ると、3速に落として減速。そして旋回に入った。


 すうっと滑らかにエリーゼが旋回する。まるで滑るように、ワルツを踊るように。


 ひとつめの直角コーナーを抜け、すぐにつぎの直角コーナーへ。


 ここも落ち着いてクリア。

 完全に攻めてはいない。いまの段階で重要なのは、タイヤと路面の摩擦を確かめること。


 そして、これは管理人さんに教えてもらった旋回。


「いいな」

 ぼくと同じ画像を、接続したVRゴーグルでモニターしている管理人さんが褒めてくれる。


「デンドー、それが出来ればエリーゼはコーナーで無敵のはずだ」


 そして、事実、クランクS字を立ち上がったぼくの視界の先には、何台かのマシンが見える。

 最高速度で劣るはずのぼくのエリーゼが、先行するその何台かにぐいぐい追いついていた。



 先行は3台。いちばん後ろがキャバお姉さんのNSX。そのまえにピンクのフェアレディーZ33。その奥はわからない。


「お、あれはフェラーリの旧車だな」管理人さんが嬉しそうに声を上げる。「ベルリネッタ・ボクサーだろ。あんな名車も発売されてるんだな」


「シャシーは同じですけどね」

 カメ先輩が突っ込む。


 そんな二人の会話を無視して、ぼくは最後尾のNSXのケツに喰いつく。


「ちょっと、もう来たの?」

 となりでお姉さんが声を上げている。声がでかいので、カメ先輩たちにも聞こえているらしい。失笑がもれる。


「デンドー、上りだ。接合部、来るぞ」

 管理人さんの緊張した声。


「はい」

 先をみると、ゆるいカーブのさきに、アトラクションの乗り場へつづく傾斜路が作られている。


 問題は、平地のコースと上りのコースの接合部で、じっさいの道路ではありえないくらいの急角度でコースは登りになる。


 その接合部で、ミニ四輪は場合よってはボディーをつっかけるのだ。


 フロントをこすったりリアをこすったり、そのせいでタイヤが浮いたりする。

 その傾向は大型シャシーのマシンほど顕著。逆に小型シャシーのエリーゼは、まず、こすらない。


 接合部は要注意ポイント。しかし、ぼくにとってはチャンスなのだ。


 他の3台が、接合部を注意してブレーキングする。


 が、ぼくはそれをチャンスとインから抜き去り、モーターブレーキだけ効かせて、4速のまま突っ込んだ。


 上り坂に入る瞬間、エリーゼのフロントが大きく沈み込み、サスの反動で激しく跳ね上がる。


 それがおさまる瞬間、前輪のグリップが回復したタイミングで、3速フルスロットル。矢のように上り坂を駆け抜ける。


 マシンが安定。すぐに坂の頂点が見える。

 ちらりとバックミラーをのぞくと、3台はまだ坂の下。おそらく接触事故を起こしたのだろう。異様に遅れている。


「ちょっとふざけんな、このZ!」

 となりでキャバお姉さんが毒づいているが、知らない。


 坂をのぼりきると、また緩いカーブ。そのさきは下り。


 いっきに下って、コースは『センター・オブ・ザ・マーズ』の線路の上へ。


 暗いトンネルの中、アトラクションの地底世界を走る線路の中央にプラ板のコースが続いている。


 左右にあるのはガードレール代わりの光ファイバー・ケーブル。

 照明はこのファイバー・ケーブルの青い光だけ。


 下から照らされる幻想的な闇の中、コースはゆるやかなカーブを描いて、地の底へと下ってゆく。


 いよいよ、地底ステージの始まりだ!


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