第23話 ダウンフォース
山の頂上まで登るのかってくらいの長い上り坂は、やがて左にカーブし、コースは外へ出る。
太陽の光がぐわっと降り注いできて、カメラがいっしゅん露出を合わせられずに、ピントを調整する。
トンネルを抜けたら外は夏の快晴。それでもコースは左にカーブしながら、急激なヒルクライムをつづけている。
コースがカーブしているため、先行の3台の姿はレールの陰に隠れて見えない。
正直、焦る。見えていないこの間に、前の奴らはどこまで進んでいるかの心配になる。
だが、ここは耐えるしかない。
上りがあれば、必ず下りがある。
そこでは速度がつくため、ハイパワー・モーターでの全開は難しいし、そうなるとエリーゼの小型軽量は力を発揮する。
見えた。やっと見えた頂上。
前方で線路とコースが下へカーブして、先が見えない。真正面は空。ものすごいアップトリムだ。
いまぼくは空に向かって走っていることになる。
もう少し。
傾斜がかすかに緩み、エリーゼが加速する。
コースが水平に。だが、行く手のコースは下方へ反っていて、全然見えない。やがて下りへ。まだ、行く手のコースは見えない。
え? どの角度で下るの?
そんな疑問が頭をよぎり、エリーゼのノーズが下を向く。
まだ見えない。フロントの向こうには、大パノラマで広がる岩と崖ばかりのアメリカ中西部の峡谷風景。
そこからさらにフロントが下がる。
いや、ちょちょちょっとぉぉぉぉ!
真下! 真下としか思えない角度で、線路が下っている。行く手にやっと見える線路。
だが、それは滝つぼの底へ一直線と思えるような垂直落下。
うっわ! 心の中で悲鳴をあげるけど、ぼくの指は勝手に、シフトを5速にいれ、アクセルを全開にしていた。
「神様っ!」
お祈りの言葉をつぶやいて、『ビッグサンダー・キャニオン』の描く、線路の滝つぼへ真っ逆さまに飛び込んでゆく。
周囲の景色が目まぐるしく飛んでいく。
スケール・スピードはあっという間に360キロを超え、370キロへ迫る。この速度で突っ込んだら、もう誤魔化しは効かない。
ぼくはしっかりとステアリング・ホイールを維持し、コースの行く手、その一点を睨む。
強烈な下り。ゆるやかな左カーブ。
うねるような下り坂をノーブレーキで、死なばもろともと下っていると、やがて行く手に赤いテールが見えてきた。
あの特徴的なテールランプの配置はF40。さらに間をつめると、そのすぐ前を走るムルシエラゴも見えてくる。
つーか、雪花がいない。苦手な上りを終えたら、前を走る2台を速攻抜いたらしい。
この恐ろしいダウンヒルで、いったい何キロ出してやがるんだ。
コースはいきなり直線へ。
そしていきなり、再びの上り。
ただし短い。
スピードが乗り過ぎている。このまま飛び込むと、上りの頂点で飛ぶ。
頂きの向こうが直線ならいいが、もしいきなり曲がっていたら、コースアウトの危険がある。
だが、前を走るムルシエラゴもF40もいっさい減速しない。こいつらが行くなら、こちらも引けない。
飛ぶといっても、ミニ四輪だ。10メートルも20メートルも飛ばない。その距離でコースが曲がっている可能性は低い。だったら……。
「行っけー!」
ぼくはノーブレーキで上り坂に突っ込んだ。
フロントが沈み、下から突き上げられるようにノーズが上を向く。
空へ向かって一瞬かけあがり、そしてそのまま、本当にマシンは空へと駆け上がった。
いっしゅん音が消えるような浮遊感。そこからぼくのマシンはノーズを下に向けて落下を開始する。
驚いたことに、前を飛ぶ2台のハイパワーマシンよりも先に、ぼくの軽量小型のエリーゼが先に落下を開始した。
それがいいのか、悪いのか。
ぼくのマシンはフロントを沈めて降下を開始する。
マシンのボンネットの向こうに、コースが下から姿を現す。
短い直線。そしてそのさきに急コーナー。
フロントから急降下して着地したぼくのエリーゼは、フロントサスを大きく縮めて一度揺れ、すぐに車体を安定させる。
四輪のグリップが戻るやいなや、旋回開始。
速度が速いが、エンブレ利かせてフロントに荷重を乗せ、するどくインに切れ込む。
いっぽう飛び過ぎてしまった前の2台は、壁すなわち線路のレールの直前に着地。
急ブレーキからの減速を試みるが、コントロール不能に陥って激突。
ボディーが破損したかもしれない。
ぼくはちらりとバックミラーごしに確認するけれど、よく分からない。
とにかくいまはコーナーに集中だ。インの壁に張りつき、全開。
コースは下り。ものすごい速度が出る。
「やはり、ウイングを調整してダウンフォースを利かせたのは正解でしたね」
カメ先輩が管理人さんに話しかける。
「そうだな。F1マシンなんか、空気抵抗の値は軽自動車よりも大きいくらいだからな。最高速重視よりも、ダウンフォースだろう。それが正解だよ。加速も旋回も、そしてブレーキングも、そして運転テクも、すべてがタイヤの摩擦力あってのことだからな」
「そうですね」
カメ先輩と管理人さんの車談義を聞き流しながら、ぼくは急峻な下り坂を走る。
そして、ゆるく左にカーブするレールの壁の向こうに金色のテールをとらえた。
いた! 雪花の電光アヴェンダだ。とうとう捕まえた!
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