第22話 追いついた


 2回目のピットイン。


 3つのステージの間に、マシンは2回ホーム・ストレートを走るため、ピットインは2回まで可能。

 このピットインを一回にしてレースを走り切ることも可能だが、みんなで協議したた結果、ピットインは2回とも、するということに決まった。


 たしかに、ぼくのエリーゼは小型であるため、バッテリーを使い切らない可能性が高い。


 が、管理人さんもカメ先輩も、今回のコースはきわめてハードであるため、バッテリー以外にもトラブル回避のために2回ピットインした方がいいだろうという結論を出したのだった。


「デンドー、マシンのフロントガラスを丁寧に拭いておけ」

 そう伝えてきたのはカメ先輩。

「つぎの『ビッグサンダー・キャニオン』はホコリが多いステージだ。フロントガラスが濡れていると、土埃が張りついて視界を奪うぞ」

「はい」


 素直に答えて椅子から立ち上がるぼくの気配を察したキャバお姉さんが「え? もう戻ってきたの?」と驚きの声を上げる。が、つぎの瞬間、「ぎゃぁぁぁぁぁぁーーー!」と悲鳴をあげた。


 どうやら、『スプラッシュ・キャニオン』のラスト・ドロップに達したらしい。

「今そこですか」

 とちょっと笑いを噛み殺しつつ、ぼくはエリーゼのバッテリーを交換する。


 ツールボックスから出した吸水フロスでフロントガラスの水気を丁寧にぬぐって、再スタート。

 そして、フル加速。


 ホームストレートを駆け抜けて、ラストステージ『ビッグサンダー・キャニオン』へのコースを爆走する。


「デンドー、いいスタートだ。順位があがっている」

 管理人さんに言われて画面を確認すると、現在の順位は8位。いまぼくの前には7台しかいない。


 直線に飛び出してすぐに、前方に1台見えた。

 が、相手の方が速度が高く、あっというまに引き離されていく。


 ぼくは自分に、焦るなと言い聞かせる。

 直線では勝てない。コーナーまで待つ。それは必ずくるから。コーナーのないコースはないから。


 まずは単発直角コーナー。右。


 ホームストレートから『ビッグサンダー・キャニオン』へ、コースは大きく右に回り込む。

 距離も遠くないから、直線は短め。そして、S字シケインを仕込む余裕はないはず。


 となれば、あるのはいくつかの単発直角コーナーのみ。

 ぼくは最初のコーナーを道幅いっぱい使って、アウト・イン・アウトでなめらかに駆け抜ける。


 速く、正確に、同じストロークでステアリングを切る技で、前を走るホンダ・インテグラとの距離を詰める。


 一度コーナーを抜ければ、こちらが有利。旋回速度と、それ以上に脱出速度がちがう。

 ぼくは直線にもかかわらずインテグラとの距離をつめ、つぎの右コーナーでの減速で、いっきにアウトからぶち抜いた。

 一度抜けば、相手はもう追いついて来れない。


 ちなみにインテグラはFF車だが、ミニ四輪にFFシャシーはない。発売されていないのだ。だから、ボディーはインテグラでも、中身はFR車ということになる。


 つぎの直線。前方に2台。レクサスとフェラーリ。車種はよく分からない。というより、見ている暇がない。


 つぎのコーナーの減速で喰らいつく。

 高速旋回を利して、テールに張りつき、このあとの直線で引っ張ってもらうためスリップにつく。


 直線の立ち上がり。レクサスがすごく速い。

 きっちりスリップ・ストリームで引っ張ってもらい、コーナー手前で前に出て、自分のラインで抜ける。

 ついてこれないレクサス。


 直線の立ち上がり。

 行く手にスロープ。


 いよいよ最終ステージ。前を走る3台が、スロープを駆け上がって、アミューズメントの中へと飛び込んでゆく。そのうちの1台が、太陽の光を反射させて金色に輝く。


 黄金のマシンは、雪花の電光アヴェンダ。

 なんとトップにいない様子。


 いまぼくの前には5台いるはずだから、雪花の前に2台いることになる。

 ぼくはフルスロットルで駆け抜ける。後方から追いつかんばかりのいきおいでレクサスが追ってくる。


 が、ぼくは無理せずスロープを駆け上がり、頂上で減速。安全第一で最後のアミューズメント・エリアに侵入。


 そのぼくの隣を、怒り狂ったように追い抜いて行ったレクサスは、下りの直後に控えていたコーナーを曲がり切れず、フロントから壁に突き刺さっていく。


 ご愁傷様。フロントのサスを破損していなければ、レース復帰は可能でしょ、と心の中で冥福を祈りつつ、コーナーを手堅くクリアして、直線へ。


 が、いきなり日が翳り、真っ暗になる。

 トンネルだ。いきなりトンネルからきた。


 『ビッグサンダー・キャニオン』は機関車型のゴンドラが急峻な山間の線路を爆走するアトラクション。

 コースはその線路の真ん中に、白いアクリルのコースが設立されている。


 だが、これまでのコースとちがい、左右にガードレール代わりの光ファイバー・ケーブルがない。


 つまり、コースアウトは線路への激突を意味する。ただし、コース外への落下がないのは安心できる。


 だが、いきなりトンネルからきた。中は真っ暗。闇の中で、うっすらと見えるコースをにらんで、ぼくはアクセルをあける。


 前を走る3台。雪花のアヴェンタ、その次のグリーンのランボルギーニは、ムルシエラゴ。赤いフェラーリは、たぶんF40。


 3台とも真っ暗なコースをおそれもせずに全開走行。そして、コースは急激なヒルクライム。

 立ち上がる壁のような上り。


 しかも、長い。

 先行3台のうち、雪花が遅れる。


「FFだからな」

 管理人さんがぼそりとつぶやく。


 雪花のアヴェンタドールは、四駆シャシーの後輪の駆動をキャンセルした独自のFF仕様。販売されていないはずのFF車だ。


 フロント・エンジンで前輪駆動だと、どうしても上り坂でトラクションがかりにくい。


 重心が前にあっても、上りでは荷重は後輪にかかるし、トラクションはしょせん摩擦力だから、地面にタイヤを押し付ける力が大きいほど、大きくなる。


 後輪に重心がかかる上り坂では、前輪駆動の雪花は不利になる。


 が、先行の集団からは、ぼくも遅れていた。

「軽量だが、小型モーターのパワーは不利だよな」

 管理人さんのつぶやき。


 まあ、これはしょうがない。ぼくは3速全開で、前を走るハイパワー・マシンを必死に追いかけた。どんどん引き離されていくけれど……。

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