第24話 トップの4台
いた! 雪花の電光アヴェンダだ。とうとう捕まえた!
それにしても速い。いまのぼくはスケール・スピード400キロオーバーで下っているのに、じりじりとしか詰められない。
それどころか、追いつくペースがじょじょに落ちている。このままでは、引き離される……。
そう思った瞬間、とつぜんコースが開けた。直線!
ラインを変えてコースの中央に抜ける雪花のアヴェンタドール。
ぼくはそのラインを追って、金色のマシンの後尾に張りつく。スリップ・ストリーム!
彼女の巻き起こす、風のトンネルの中に潜り込むことができた。
彼女はぴたりと後ろに張りつかれることをいやがり、ラインを左右にふるが、ぼくは逃がさない。
すぐに彼女は無駄なことをあきらめ、一直線にコースを駆け下りることに集中する。
とにかく速い。破格の速さだ。
さっきの上りでは、ムルシエラゴとF40に先行されていたのに、下りになったとたんにぶち抜いたのも分かる。
次。右のコーナー。
『ビッグサンダー・キャニオン』はジェットコースーだから、低速コーナーはない。
すべてが緩いカーブの高速コーナーだ。そして、雪花のアヴェンタドールはFF。
下りの高速コーナーでは異様に速い。
ぼくは彼女のスリップ・ストリームに入り、彼女の速さに引っ張ってもらっている。
だが、この状況が続く限り、彼女に勝つことはできない。どこまでもついて行くわけにはいかない。
前を走る金色のマシンのテールを見つめながら、ぼくはその先を見つめる。
どこで仕掛けるか。それが速すぎると抜き返される。
管理人さんは、必殺技で雪花をぶち抜くのは、最終コーナーにしろと言っていた。それ以前だと抜き返されて、二度と前には出してもらえないぞ、と。
それにしても上手い。
限界突破のスピードが乗るこの高速コーナーで、雪花はタイヤのグリップを失うぎりぎりのところへ踏み込んでアクセルを開いている。
後輪がすべるぎりぎりのところで、テールが流れかけると、アクセル・オンからのタックインでノーズをインに突き込み、コントロールを手放さない。
彼女、性格は悪いが、技術は素晴らしい。その走りは、曇天に走る稲光のように美しかった。
そして、あっという間に、前を走る2台に追いつく。
1位のインプレッサと2位のRX8。
彼女は躊躇なく2位のケツに喰らいついた。
どうでる? 抜くのか?
だが仕掛けない。
つぎのゆるい左コーナー。
ぼくを含めた4台が、ぴたりとイン側の壁に張りついて一列になって下っていく。
ここでは仕掛けられない。
が、大きく下るコース。前の見晴らしがいい。
行く手のレイアウトが一望できる。緩やかな左のさきに待っているのは、急激な右。
あそこだ。あそこで仕掛けよう。
ゆるい左を全開でくだる4台。
インプレッサ、RX8、アヴェンタドール、そしてぼくのエリーゼ。
4台がトップスピードで下りきり、つぎの急激な右コーナーへ対して減速を開始する。
3台が、つぎの右コーナーのインへ向けてブレーキングしながら突撃。ここで雪花が遅れる。
が、ぼくはブレーキを遅らせて、アウトへ。
右コーナーを攻めずに、アウトの壁へ。
エンブレ、そしてブレーキング。前輪のタイヤがロックしないぎりぎりのポンピング・ブレーキ。
3台が綺麗に右コーナーをクリア。ぼくは遅れる。が、すでに左旋回の体勢。
そう。『ビッグサンダー・キャニオン』はジェット・コースター。
左回りに一周走って元の場所に戻ってくる。すなわち、左コーナーが多い!
右コーナーがあったら、つぎは左コーナーである可能性が高い。一所懸命おぼえたコースの記憶でも、つぎは左コーナーだったはず!
ぼくはそのまま、一直線に左の壁目掛けてフルスロット! 来い、左コーナー!
壁がうねる。線路が左にカーブしている。来た! 左だ!
ぼくの斜め前で、インプレッサとRX8が急旋回に入る。
イエローのRX8がハードブレーキング。そのまま車体を横向きにした。
オーバースピードと思える突入から、強引なブレーキング。そして、あざやかな四輪ドリフト。
思いっきり車体を横にしてそこからの加速。もう芸術的。タイヤをスライドさせながら、そのノーズは綺麗にコーナーのインを向いている。
そして、そのさらに前。
ブルーのインプレッサ。
こちらは旋回中にどかっとブレーキング。その瞬間、見えない壁に弾かれたように、青い車体が回転した。
コマのように一瞬でまわり、そしてぴたりと止まる。なんだ、そりゃ。なんの魔法だ?
「逆ドリフトか、上手いもんだ」
管理人さんが感嘆する。
「旋回中、タイヤの荷重は、ほとんど外側の二輪にかかっているんだ。そこでブレーキを踏むと、マシンは左右のタイヤの摩擦力のちがいから、アウト側へ回るんだ。すなわち、旋回中にブレーキングでドリフトさせると、いきなり逆旋回に切り替えられる。これを俗称、逆ドリフトっていう」
ぼくは、1位2位を走る強者のスーパーテクニックを見せられて、唖然とする。だけど……。
2台はドリフトをつかって急旋回した。が、ぼくはそのずっと手前で加速体勢。
スピードの乗りが違う。
ドリフトによる急旋回はどうしても失速を生む。
すでに速度の乗っているぼくは、オーソドックスに左コーナーに飛び込み、速度の落ちた2台の横をすり抜けてコーナーを飛び出した。そして、短い直線。
もらった! ぼくが1位だ!
『おおっとぉーーー! 「ビッグサンダー・キャニオン」、高速S字の攻防で、1台のマシンがトップに躍り出たぞ。イエローのエリーゼ、これは……豊島区地区予選第二位の、抹羽……えーと、伝堂くんだ。いきなりの大健闘。去年の全国大会1位2位のドライバーたちをぶち抜いて、彗星の如く現れた新人がトップに躍り出た。抹羽伝堂選手。まさに電動マッハだっ!』
「ぶぶっ!」
隣でキャバお姉さんの吹き出す声が聞こえる。
「なにそれ!」笑っている。「え、え。でも、ロータスくん、もしかして今トップにいるの?」
悔しいので言い返した。
「どうでしょうかね? とりあえず、ぼくの前には誰もいないようですけれど」
「うそでしょ!」
お姉さんの驚いた声。ぼくはちょっと嬉しくなって笑いを噛み殺しながらも、レースに集中する。
本番はこれからだ。
短い直線のつぎにくるのは、短い上り。ただし、ミニ四輪の視点でみると、そびえる壁のようにみえる。
ぼくは5速全開フルスロットルで突っ込む。雪花は後ろ。すこし遅れている。そのさらにあとに、2台いるはず。
上りではFFの雪花は遅い。ぼくも速いわけではない。いちばん速いのはおそらくあの青いインプレッサ。四駆のマシン。
事実、コースの左端をぐいぐい加速して上ってきている。もう登坂力が違い過ぎる。
雪花を追い抜き、ぼくを追い抜き、あっさりとトップに立つ。
が、そこで上りは終了。ぼくらは軽くマシンをジャンプさせながら、急激な下りへと飛び込んだ。
もうコースに大きな上りはない。このあと、絶対に抜き返す!
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