第8話 特訓開始
カメ先輩が説明してくれた。
先輩によると、FFとは、フロント・エンジンで前輪駆動の車のことを言うらしい。
ミニ四輪の場合は、フロント・モーターになる。
「つまり、こうだ。四駆のうち、後輪の駆動を切っている。正確には、ワンウェイ・ギアを逆方向につけているんだ。つまり加速時は前輪を使う。後輪は動いていない。バック時は、逆に後輪だけが動く」
「これ、分かるかなぁ?」
管理人さんが、雪花の多角形コーナリングの映像を見ながらつけ加える。
「多角形コーナリングの瞬間、彼女後輪を逆進させてるんだ。それで一気に車体を旋回させている。そこからの前輪駆動によるタックイン加速。なんにしろ、上手いし、頭もいい」
「そんなことをしてたんだ……」
ぼくは素直に感心した。
「問題は、だ」
カメ先輩が話を先に進める。
「新しいブレーキ・システムが発売されて、四輪すべてにワンウェイ・ギアが装着できるようになった。そうなった今、雪花はこの、特殊なFFシステムを変えてくるかどうか、だな」
みんなが「うーん」と唸って黙った。
四輪すべてにワンウェイ・ギアを装着すると、走りはすごい滑らかになる。それはぽくも体感している。ただ、欠点もあって、まず第一に、モーターを止めてもマシンが止まらない。モーターの回転を落としても、マシンは減速しない。
そこで、同時発売のブレーキ・システムを付けることになる。
ここまではいい。
が、問題はもうひとつある。
四輪すべてにワンウェイ・ギアが装着されると、バックができないのだ。
以前はモーターを逆回転させて、タイヤを後転させていたけれど、ワンウェイ・ギアが入っていると、モーターを逆回転させてもタイヤは回らない。
そこで、モーター逆回転時にだけタイヤを回す、バックギア・ユニットというものが発売され、これも装着する必要があった。
安いからいいんだけど、マシンの重量は増す。
「ちょっとまって」
サトシくんが、ゴーグルを取る。それを合図にみんなが、VRゴーグルを外した。
「っていうか、なんでみんなゴーグルつけて会話してたんだ」
カメ先輩が苦笑し、管理人さんがうなずく。
「そうだな。それだけみんな、ミニ四輪レーサーだっちゅうことだろう」
管理人さんがなんか嬉しそうに笑う。
「言っている意味がわかりません」
いちおうぼくが突っ込んでおく。
「少し話を整理しようよ」
サトシくんが提案する。
「雪花のアヴェンタは、加速するときは前輪。で、バックするときは後輪なんですよね。で、そのシステムで、モーターブレーキは効くんでしょうか?」
「効く」カメ先輩がすかさず答える。「モーターの回転が落ちれば、後輪のギアが噛んで、そっち方向へはタイヤは反応する。反応しないのは、加速方向へ、だけだ」
「とすると、『電光』アヴェンタってマシンは、前からすでに、四輪にワンウェイ・ギアを装備して、バックもできるし、モーターの回転を下げれば減速もできるってわけ?」
「そうだな」
管理人さんがうなずく。
「ってことは、ブレーキ・システム、要らないな」
「バックギア・ユニットもいらない。カメ先輩は悔しそうに顔を歪める。あいつは絶対新発売のシステムを装置しやしないぞ。『電光』アヴェンタはすでにその性能を手にしているし、余計なパーツを組み込んで車重を増やす必要はまったくないからな」
「でも、雪花のシステムは、フロントモーターの四駆シャシーだから、同じものをだれでも作れるんじゃ……」
サトシくんの問いに、カメ先輩はうなずく。
「ああ、その通りだ。今年あたりには、そこに気づいた雪花以外のプレイヤーが、四駆を改造したFFマシンで参戦してくるかもしれない。となると、そいつらの一人勝ちってこともあるぜ」
うーん、ぼくとサトシくんは唸ってしまった。
ただでさえ、ぼくのマシンはSサイズ・シャシーで、大型モーターが積めない。そのうえMRレイアウトだ。ブレーキ・システムやバックギア・ユニットを装着して車重が増せば、ますます勝利から遠ざかってしまう。
「まあ、そう気落ちすることもねえよ」
能天気に明るい声をだしたのは管理人さん。
「マシンにはFFとかFRとか、いろんなシステムがあるが、やはり最強はMRだろう。そして、小型軽量こそ、最強のマシンだ。車重が軽ければ、それだけで加速も減速も旋回も、すべてにおいて有利になる。うちのデンドーのエリーゼなら、十分優勝が狙えるぜ」
「そうなんですかぁ?」
ぼくは半信半疑できく。
「適当なこと言わないでくださいよ」
カメ先輩が抗議する。
「適当なことなんて言ってないさ。これが実車なら分からねえぜ。だが、ミニ四輪なら、おそらく小型軽量のエリーゼは強いぞ。とくに、今回みたいなコースならな」
管理人さんは不敵に笑う。
「じゃあ、そろそろコーナリングの練習を始めるか。デンドー、あれを見ろ!」
管理人さんがびしっと指さしたのは、海賊公園のサイクリング・コースだった。
よく見ると、今朝のコースには、チョークで赤い線が引かれている。もしかしてあの線、管理人さんが描いたものなのだろうか?
「あのー、あの線は?」
「センターラインだ。自動車道路によくあるだろ」
「ありますが、これはどういう意味……」
「今日からあのラインの上を走れ。それが練習だ。あの赤いラインを左右のタイヤでまたいで走ること。簡単そうに見えて、なかなかな難しいぞ。じゃあ、やってみよう!」
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