第9話 いよいよ都大会
その年の夏は暑かった。気温も高かったけど、なんといってもミニ四輪都大会への出場が、ぼくの温度を高めていた気がする。
毎朝学校に行くまえに海賊公園で走り、カメ先輩にセッティングを見てもらい、管理人さんに走りを見てもらった。
都大会は夏休みに入ってすぐの開催だから、ぼくはみっちり二週間、管理人さんの特訓を受けたことになる。
管理人さんの教える走りは、まずドリフト禁止。きっちりグリップで走ること。
コースの中央に描かれたラインを正確にトレースする。アウトインアウトは使わない。
最初の一週間は、それが徹底された。そして、それが終わった次の一週間。
管理人さんから、本当の走りの技術を伝授された。
「これはさ、おまえのお父さんの抹羽秀の得意技だったんだ。息子で、走りも似ているお前なら、ものにできるよ。俺は秀から教わったんだが、うまくできなかった。その技術をおまえに伝えることで、秀にお返しができるな」
管理人さんはちょっと懐かしそうに笑っていた。
そして、その走りのためにカメ先輩がセッティングしてくれた、ぼくのエリーゼ。
ブレーキ・システムは設定4で前輪のみの装備。ワンウェイ・ギアは四輪装備。ただし、ここにカメ先輩のひと工夫が入っている。
「後輪のワンウェイに、粘性の高いグリスを仕込んだんだ。通常走っているときはギアが噛んでいるから違いはないんだが、モーターがストップするとギアはグリスの抵抗で動きがにぶい。そのため、たちまちのうちに減速する。つまり、エンジンブレーキがかかるってことだ」
「それ、ルール的にはどうなんですか?」
ぼくは質問する。
「ギアの動きを悪するだけだからな。問題ないよ。ちょっとした工夫だが、コーナー前でアクセルオフによるエンジンブレーキは効果が大きいぞ。とにかく走って確かめてみてくれ」
ちょっと楽し気にカメ先輩が笑う。
車重の関係で、後輪のブレーキはつけないことにした。ただし、バックする必要がある場面を考えて、バックギア・システムは装備している。
「レースではなにがあるか分からないからな。これは装備せざるを得ないだろう。ルールでは、バックできるような仕様であることが義務づけられてないけれど絶対つけておいた方がいい。あと、足回りはあくまでプレーンにした。ドリフトはしづらい」
そのあとちょっと顎に手を当てて、「あとはウィングだなー」と考え込む。
「ウィングの効果って、あまりないんですよね」
「普通のレースならな。だが、都大会の会場は東京ディズミーランドだろ? ああいう直線が多いコースでは、ウィングの性能もバカにならないんだ」
結局ウィングは、最高速より、スタビリティー重視で、すこし角度が強くされた。
「高速走行中にタイヤの荷重が抜けるのは怖いからな。トップスピードは落ちるけど、おそらく路面に吸いつくみたいに安定するはずだ」
それがカメ先輩結論だった。そして、レース本番でぼくはこのカメ先輩の選択の正しさに驚かさることになる。
そして、あっという間の夏休み。通信簿もらって、お母さんに嫌味いわれ、そこを耐えて大人しく「はい、はい」と反省したふりして、晩ごはん食べて、夜寝て、朝起きたらもう夏休みだった!
都大会は三日後。
ぼくは朝から特訓、昼も特訓、夕方まで特訓して、もう一日中ミニ四輪で走り込んでいた。
翌日はセッティングの最終調整。昼過ぎにバンビ模型にいって、ボディーの表面にサーフェイサーを吹いてもらって、ぼくのイエローのロータス・エリーゼはぴかぴかな新車みたいに仕上がった。
そのあとでカメ先輩に最終メンテをしてもらい、管理人さんに液体ワイパーを塗ってもらった。
「じゃあ、デンドー。明日は本番だから、今日はゆっくり休めよ」
夕闇迫る海賊公園で、ぼくは管理人さんとカメ先輩、そしてサトシくんと別れた。
できることはすべてやった感がある。ここまでやれば負けることはない。そう思いたいけど、レースはやってみなければ分からない。
ぼくはご飯を食べたら、すぐにお風呂に入って、その日は早めに寝た。寝しなにお母さんが、「デンドー、明日の大会、がんばってね」と言ってくれた。
お母さんは、ぼくがミニ四輪をやることに反対していると思ったから意外だった。
そして、翌日。ぼくは東京都大会の朝を迎えた。
レースはこれがはじめてじゃない。だけど、都大会の朝は、いつものレースの朝とはなにかが違った。
ぼくらチームは、朝の海賊公園に集まって電車で東京ディズミーランドへと出撃した。
きのうの夕方、管理人さんが「俺が車出すよ」と言ったくれたのだが、カメ先輩が「でも、渋滞に巻き込まれて、大会の受付に間に合わなかったら最悪じゃないですか?」と冷静な判断を下し、その案は却下となった。
かくして男四人で、電車で東京ディズミーランドまで。
駅を出ると、空は晴れ渡り、すっかり夏日。
雲ひとつない青空のした、心地よい風が海から渡ってきている。
音楽の流れるながい石畳を歩き、巨大なエントランスから夢の国に入場。
大会出場者であるぼくだけは、入場料を払わなくていい。でも、あとの3人は既定の入場料を払うことになる。
カメ先輩とサトシくんの分は管理人さんが払ってくれたみたい。
でも、このあたりからぼくは緊張し始めて、細かいことを気にしていられなくなっていた。
公式大会というのは、サギ高レースみたいな非公式の大会とはやはり雰囲気が違う。
独特のぴりぴりした雰囲気ただようし、そのくせ運営のお兄さんたちはみんな笑顔でやさしい。
ぼくは車検をすませ、エントリーを終え、時間まで、教室みたいな待機所で待つことになる。
待機所にはぼく以外にも、ほかの選手たちが大勢いて、ツールボックスをテーブルの上に置いてマシンの最終調整をしている。
ぼくもやるべきだろうか?
いや、調整はカメ先輩がばっちりやってくれている。だから、バッテリーがちゃんとハマっているかだけチェックした。
電源を入れ、ゴーグルをかぶって視界のチェック。
ホイラーで、ステアリング・ホイールの反応とアクセル・トリガーのレスポンスを一応見る。さっき車検場でそこはチェックしたから問題ないはず。
コントローラーであるL字型ホイラーの操作に反応して作動するエリーゼを見ていると、まるで生きているようで可愛い。
チェックを終え、丁寧にマシンをツールボックスに収納する。あとは出走を待つだけ。
そのとき、部屋にいたみんなが、いっせいに顔を上げた。
ぼくもなんとなく、そっちを向き、「あっ」と小さく叫んでしまった。
それがいけなかった。
ぼくを発見した『電光』雪花は、まっすぐにこっちに向かってきた。
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